多くのひとに支持されるものには、それ相応の理由があります。
アートブックや写真集に関して言えば、単に作品を収録するのではなく、例えば丁寧な編集により作品の世界観が伝わるように演出されている。興味深いテキストを収録している。ブックデザインや印刷・製本にこだわりが見える。などなど。
あらゆる側面からの細やかな計らいの積み重ねが功を奏して、結果として多くのひとに受け容れられ、時代の変化にも負けない名著となるのです。
なるべく広い範囲で息長く流通すればいいのですが、さまざまな事情により、止むを得ず絶版になってしまうことも多々あります。こうして入手困難になると、その作品集と対面できる機会すら奪われてしまうのは惜しいことです。
そこで注目されるのが、絶版本の復刊です。
写真史にその名を刻んだHenri Cartier-Bresson(アンリ・カルティエ=ブレッソン)の「The Decisive Moment(決定的瞬間)」やRobert Frank(ロバート・フランク)の代名詞とも言える「The Americans」の復刊を度々手がけてきたSteidlから、今夏もまたひとつ、素晴らしい名著が再び蘇りました。
本書は、もとは1968年初版(Harper & Row社、現・HarperCollins)の、彫刻家・Isamu Noguchi(イサム・ノグチ、1904年アメリカ・ロサンゼルス生まれ)の自伝です。
Steidlからは2004年に初めての再販として第2版が出版されていたものの、絶版になって久しい状態が続いていましたが、約10年の月日を経て、今回同社より待望の2度目の再販が実現しました。
イサム・ノグチは、20世紀でもっとも影響力のある彫刻家と言われています。
アイリッシュ・アメリカンの教師・編集者である詩人の父・野口米次郎と、作家である母のレオニー・ギルモアとの間に生まれ、日本で育ち13歳のときにアメリカへ留学のために戻りました。
1926年にはグッゲンハイム奨学金の初受給者に選ばれパリに渡り、彫刻家・Constantin Brancusi(コンスタンティン・ブランクーシ)のスタジオアシスタントとして6ヶ月間働きました。
彼は彫刻作品のみならず、ハーマンミラー社の家具や照明をデザインしたり、アメリカの舞踏家/振付師・Martha Graham(マーサ・グレアム)やバレエ振付師・George Balanchine(ジョージ・バランシン)の舞台美術、エストニア系アメリカ人建築家・Louis I. Kahn(ルイス・I・カーン)とのコラボレーションワークなどを手がけてきました。
ニューヨークのロング・アイランド・シティに彼の財団が運営するノグチ美術館があるほか、日本では香川・高松市牟礼町にアトリエを構えていた場所がイサムノグチ庭園美術館になっています。
また、ランドスケープ・デザインのダイナミックな実践の場として札幌のモエレ沼公園の設計を手がけることになったものの、着工後に心不全のため志半ばで他界、図らずも遺作となりました。同園は彼のマスタープランを踏襲し建設が進められ、2005年にグランドオープンしました。
ノグチに世界的な評価をもたらした芸術作品に関するもっとも包括的なステートメントは本書でも健在です。
また、終生の親友であったRichard Buckminster Fuller(リチャード・バックミンスター・フラー)によるオリジナルの序文はもちろん、本書の初版年にあたる1968年から彼が永眠した1988年の間に起こった重要なイベントを加えた新しい年表を収録しています。
テキストと図版で構成される本書は、この独創性の高いアーティストの生涯や作品への関心が高いひとや、一般的に彫刻に興味があるひとにとっては必読の一冊といえるでしょう。
参考文献
■モエレ沼公園
■イサムノグチ庭園美術館
■ノグチ美術館(The Noguchi Museum)
Isamu Noguchi / A Sculptor’s World
Steidl
262 pages
Clothbound
237 x 255 mm
English
ISBN: 978-3-86930-915-6
07/2015