1973年から74年にかけて、写真家のリー・フリードランダー(*1)とジャーナリストのバートン・ウルフ(*2)は、ニューヨークを拠点にした出版レーベルのDouble Elephant Press(ダブル・エレファント・プレス)で4つのアイコニックなポートフォリオを編集しました。
この企画にはゲイリー・ウィノグランド(*3)、マニュエル・アルヴァレス・ブラボー(*4)、ウォーカー・エバンス(*5)、そしてリー・フリンドランダー自身が名を連ねています。彼らはまさに、20世紀においてもっとも影響力のあったといっても過言でないでしょう。
それぞれ15点の写真作品を収録した4つの限定版のポートフォリオは彼らの厳格なヴィジョンを見事に顕わしていて、ウォーカー・エヴァンスの「奇妙に斬新で心地がよく、さりげなく印象的で、意表を突いて大胆である」ということばをまさに体現しています。
現状では、ダブル・エレファント・プレスについての史料はあまり多くは残っていないのですが、本書には当事者であるウルフが寄稿したテキスト(※英文のみ)が収録されており、これを読み進めることでダブル・エレファント・プレスの真髄に触れることができます。そのなかから特に興味深い内容をピックアップしてみましょう。
1960年代末から70年代初頭、ウルフはスイスのジュネーヴに拠点を置きながら、ロンドンでロナルド・B.キタイ(*6)やデイヴィッド・ホックニー(*7)といった画家たちと交流していました。そのため、彼らの写真プリントの制作過程を見る機会にも恵まれていたそうです。
そのキタイからフリードランダーを紹介され、ウルフとフリードランダーは協働で写真のポートフォリオシリーズを制作する話が持ち上がります。(ちなみにウルフはきっかけとなったことが何だったのかということはあまりよく憶えていないようです)
その構想とは、その写真家がそれぞれお気に入りの写真を15点ほど選定し、それにサインをして、エディションをナンバリングをした100冊のポートフォリオ(最終版はエディション75+アーティストプルーフ15)を制作するというもの。彼らは可能な限り最高の写真ポートフォリオを作りたいという共通の想いを抱き、その実現に向けて邁進します。
フリードランダーは写真家としてその完成度にも妥協することはありません。ポートフォリオは少なくとも500年は長持ちさせることが求められます。彼はその版の1,350点をそれぞれプリントしてサインをしたうえ、マットを特別な紙で手製し、外側にレタリングを付した箱をあつらえ、アーカイブとして高い品質を保つことを望みました。
由来ともなった「ダブル・エレファント」は、実はこんなエピソードが残されています。
ある日、ウルフがキタイのプリンターを観察していたとき、彼がオーダーフォームの上部に『Double Elephant Throughout』と書いているのを見つけました。『double elephant』とは、古くは本のサイズや製本のテクニックを描写するときに使われていたフレーズでしたが、数百年という月日が流れ、次第に最高級の紙やインク、素材に対して使われるようになったそうです。
フリードランダーとも旧知の仲であったウィノグランド。
小さなライカを首にさげているものの、写真を撮るまでずっとジャケットのなかに隠し持っているような茶目っ気のあるブラボー。
20世紀を代表する写真家として不動の地位を築いたエヴァンス。
それぞれの作風からは個性が滲みでていますが、それを装飾性を極力削ぎ落とした端正なブックデザインのポートフォリオブックとして編纂することで、全体としての統一感が生まれました。
本書は写真史における試金石となるであろう、ユニークなコラボレーションプロジェクトに対する敬意にあふれています。
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Double Elephant
Lee Friedlander, Walker Evans, Garry Winogrand, Manuel Alvarez Bravo
Edited by Thomas Zander
192 + 32 textbook pages
Clothbound in slipcase
295 x 355 mm
Number of items: 5
English
ISBN 978-3-86930-743-5
11/2015
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※略歴一覧
*1 Lee Friedlander(リー・フリードランダー)
1934年 アメリカ・ワシントン生まれ。
本書には1960-70年代に撮影された、独特な視点から切り取った作品群を収録。
*2 Burt Wolf(バートン・ウルフ)
1938年 アメリカ・ニューヨーク生まれ。
*3 Garry Winogrand(ゲイリー・ウィノグランド)
1928年 ニューヨーク生まれ。
本書には1950-70年代に撮影された、人々の自然体な姿や表情をさりげなく捉えた作品群を収録
*4 Manuel Alvarez Bravo(マニュエル・アルヴァレス・ブラボー)
1902年 メキシコシティ生まれ。
本書には1920年代末-30年代末、60-70年代と2つの時代で撮影された作品群を収録。
被写体の切り取り方がユニーク。
*5 Walker Evans(ウォーカー・エヴァンス)
1903年 アメリカ・ミズーリ州生まれ。
本書には1930年代に撮影された、街並を写したランドスケープから人物を捉えたポートレイトまで幅広い作品群を収録。
*6 Ron Kitaj(ロナルド・B.キタイ)
1932年 アメリカ・オハイオ生まれ。
*7 David Hockney(デイヴィッド・ホックニー)
1937年 イギリス・ブラッドフォード生まれ。