William Eggleston / The Democratic Forest

Added on by Yusuke Nakajima.

1970年代に「ニューカラー」を牽引し、現代写真史の歴史の一幕を担ったWilliam Eggleston(ウィリアム・エグルストン、1939年 アメリカ・テネシー州メンフィス生まれ)。息の長いムーブメントの先導者はいまだ衰えを知らず、近年だと2011年出版の写真集[Chromes]、翌2012年出版の[Los Alamos Revisited]によって彼のキャリアに対する再評価が推進されています。
その勢いは彼の最も意欲的なプロジェクト[The Democratic Forest]の出版によって、なお継続の一途を辿ることになりそうです。

本書のタイトルともなっている「democracy(デモクラシー=民主主義)」は、彼自身の民主主義的なヴィジョンが引き合いになっています。彼は何よりも気高いものとして、同様に複雑さや重要性を持ち合わす最もありふれた主題としてタイトルに冠することにしました。

10巻セットの本書に収録された1,000点以上の作品は、エグルストンが1980年代に撮影した約12,000点から厳選されたもの。収録作品のプリントが転写されたクロス装丁の書籍が、紺地にレモンイエローの文字が印字されたスリーブケースに納められた佇まいは壮麗です。

視覚的な序章としての役目を託された第1巻にはルイジアナの作品群が並び、その後もエグルストンの旅路で撮り納めた景色が繰り広げられます。彼にとって慣れ親しんだメンフィスやテネシーはもちろん、ダラス、ピッツバーグ、マイアミ、ボストン、ケンタッキーの牧草地、そして遥か遠くのベルリンの壁まで。編集の仕方もさまざまで、地名をそのまま拝借したものもあれば、例えば「The Interior」「The Surface」というように特定の着眼点をテーマにした巻もみられます。いよいよ最終巻では、鑑賞者を南部の小さな町、綿畑、かつてアメリカ南北戦争の戦場だったシロや第7代アメリカ大統領のAndrew Jackson(アンドリュー・ジャクソン、1829年生まれ)の自邸へと連れ戻します。

また、編集者のMark Holborn(マーク・ホルボーン)による書き下ろしの前書きや、女性作家のEudora Welty(ユードラ・ウェルティー、1909年 アメリカ生まれ)によるオリジナルエッセイの再版といったテキストもあわせて収録されています。

アメリカの美術史において先例のないエグルストンの写真を眺めていくと、往々にして叙事詩的小説を読み進めているかのような壮大な気持ちになります。特にその時代を生き抜いた人々にとってはきわめてありふれた日常的な光景、それを自身の感情を介入することなくヴィヴィッドな彩りで淡々と映し出していくおなじみの作風は健在です。
しかし、既に発表されている他の時代に撮影された作品群に比べると、冷戦終結を迎えた激動の80年代という時代を舞台にしているからなのか、ほのかに感傷的に訴えてくるような印象を受けます。おそらく、時代の空気感を的確に捉える視点と表現力に長けた写真家なのでしょう。表現者としてはもちろん、ひとりの人間として鋭い感覚を持ち合わせていることが伺えます。30余年の年月を超えてもなお色褪せることなく、2010年代を生きる私たちの芯の部分にもダイレクトに伝わってくるのです。

未発表の作品群のごく一部のお披露目の機会ともなった本書、その制作に向けた徹底した編集プロセスには3年以上の月日を要しました。「これだけの大規模な仕様でなければ、エグスルトンの成し遂げた功績を存分に表すことができないだろう」という信念に導かれ、ようやく完成しました。
エグルストンのファンならずとも必見のフルボリュームは、収録点数のみならずクオリティの面からしても見応え抜群です。

William Eggleston / The Democratic Forest
Steidl
1328 pages
Four-color process
Hardback / Clothbound in slipcase
315 x 320 mm
Number of items: 10
English
ISBN: 978-3-86930-792-3
11/2015