21世紀を代表するアーティストと称される、Cy Twombly(サイ・トゥオンブリー、1928年アメリカ・ヴァージニア州生まれ)。昨年2015年に原美術館で個展が開催されたことも記憶に新しいかもしれません。
抽象表現主義(*1)の第二世代にあたる彼は、ペインティングやドローイングなどの平面作品や彫刻を中心とする作品群を手がけてきました。画面いっぱいに自由自在に動きまわる筆跡を目の当たりにした鑑賞者からは「まるで子どもが描いたらくがきのようだ」と形容する声があがります。あくまで想像ですが、なにも彼は童心にかえって制作しているのではなく、描く行為を通じて視覚的な詩をしたためていたのではないでしょうか。
トゥオンブリーは、ブラック・マウンテン・カレッジ(*2)に通っていた1950年初頭から83歳で他界した2011年まで、作品制作の傍らに自身の日常生活を写真に撮り納めていました。生まれ故郷のヴァージニアの青々とした情景や、のちに移住したイタリアの海岸。古代の建造物や彫刻をクローズアップして捉えたディテール。スタジオのインテリア。オブジェや花といった静物。彼にとって身近なもの、心に留まったものを記録していたようです。
1990年代初頭になると、トゥオンブリーは特殊コピー機を用いて、絹目紙にポラロイドで撮影したイメージを引き延ばしました。かすかなひずみをはらむ写真イメージは、彼のペインティングや彫刻のもつ時代を超越したクオリティにも引けをとらず、それらの歴史的・文学的な暗示とが近づいていきます。
ピクトリアリズムの写真家として知られるAlfred Stieglitz(アルフレッド・スティーグリッツ *3)を彷彿させるような表情豊かな写真群は、おぼろげに映し出された情景にどこか懐かしさを覚えます。
2015年にGagosina London(ガゴシアン・ロンドン)で開催されたトゥオンブリーの個展は、写真作品を中心とする作品群で構成されました。
本展で発表された20点以上の写真作品は、1985年から2008年のあいだにイタリアのローマやガエタで撮影されたもので、チューリップ・イチゴ・キャベツ・レモンといった植物や野菜果物が被写体となっています。
60年以上にわたるキャリアを通じて、トゥオンブリーは歴史的・神話的な暗示的要素をふんだんに盛り込みながら、抽象的表現主義に肉体的・感情的な側面をも注ぎ込み、壮大かつ本質的な表現へと昇華しています。
見えるものと秘められたもの、現在と過去が交互に押し寄せる感覚、記憶と忘却との闘争というものは、彼の作品において共通するテーマです。
トゥオンブリーに限らず、アーティストによっては複数の表現媒体を介して作品を制作するひともいます。「絵画」「彫刻」というようなカテゴリーの枠に縛られないことで表現の幅が広がる一方、不思議とどの媒体の作品であっても相通じる作家性を感じ取ることができます。
Cy Twombly / Photographs Volume II
Gagosian
Text by Mary Jacobus
48 pages, Fully illustrated
196 × 254 mm
English
ISBN: 978-1-938748-25-7
2015
4,800円+税
Sorry, SOLD OUT
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注釈
*1 抽象表現主義
1940年代後半から50年代にかけて、アメリカで隆盛したアート・ムーブメント(芸術動向)。これを機に、現代美術の中心地がヨーロッパからニューヨークへとシフトしていった。
*2 ブラック・マウンテン・カレッジ
1933年にアメリカ・ノースカロライナに創設された芸術学校。実利的な教育方針により、John Cage(ジョン・ケージ)・Richard Buckminster Fuller(バックミンスター・フラー)・Robert Rauschenberg(ロバート・ラウシェンバーグ)といった鬼才たちを輩出した。
*3 Alfred Stieglitz(アルフレッド・スティーグリッツ)
1864年アメリカ・ニュージャージー州生まれ。近代写真家の父と呼ばれた。妻である画家のGeorgia O'Keeffe(ジョージア・オキーフ、1887年アメリカ・ウィスコンシン州生まれ)を被写体とした作品群がよく知られている。