Mark Grotjahn(マーク・グロッチャン、1968年アメリカ・カリフォルニア生まれ)は、現在はロサンゼルスを拠点に活動しています。バークレーにあるカリフォルニア大学で美術学修士号(MFA)、ボールダーにあるコロラド大学で美術学士(BFA)を取得し、芸術家としてのキャリアを始動しました。
これまでに、ロスのハマー美術館(2005年)やニューヨークのホウィットニー美術館(2006年)、コロラドのアスペン美術館(2012年)などアメリカ国内だけでなく、スイスのトゥーン美術館(2007年)やポーランド美術館(2010年)で個展を開催しています。また、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やグッゲンハイム美術館、ロセンゼルス近代美術館、オランダのアムステルダム市立美術館やロンドンのテート・モダンでは、コレクションとして作品が収蔵されています。
一見すると、グロッチャンの作品群は自然や活動に対する言及をふんだんに用いながら、モダニストの論議のなかにおいて純粋な美的感覚と結合してあらわれます。
彼は、花や水のある自然の世界に対していくつかの反復する接点のひとつとしてバタフライ(蝶)のモチーフを用い、それをペインティングとドローイングと多岐にわたる表現に登場させ、その可能性を生み出していきます。彼の進行中のバタフライシリーズは、ふたつないし多数の消失点を用いるような透視画法的な研究やルネッサンス時代以降に使われているテクニックにフォーカスを充て、二次元の表面に奥行きとボリュームのイリュージョンを創りだします。
こうした複雑かつ歪められたアングルと、光り輝く色調の彩りによる象徴的な構成は、ロシアの構成主義から視覚的芸術の幻覚のようなイメージまで、モダニストの絵画における歴史からひらめく多様な物語をほのめかします。極めてエレガントなグロットヤンの作品にはよく傷やマーキングが見られますが、これは彼の巧みにコントロールされた構成においてプロセスの偶発性を証拠立てることに一役買うことでしょう。
その作品群の中心にあるのは、放射するように発しているストローク。往々にして単色でありながら、着彩された表面の光沢は揺らめきます。度々Barnett Newman(バーネット・ニューマン、1905-1970 アメリカ・ニューヨーク生まれ)の「zip」ペインティングが引き合いに出される、抽象的なバタフライの羽根に類似性を見出せるこれらの作品を、1960年代に数学者や気象学者によって提唱された「バタフライ・エフェクト」と称することもあります。
2012年にGagosianギャラリーで開催されたグロッチャンの展覧会では、こうしたアプローチとは全く異なる作風の作品が出展されました。それは、マスクをかたどった彫刻作品。その出で立ちは、見るからに虚偽的です。段ボール紙で作られたアッサンブラージュによるブロンズ製の鋳物は、彼が10年以上プライベートワークとして手がけてきたものです。
もとの素材の段ボールは、うねり・へこみ・涙・しわといったすべてのニュアンスを留めます。それぞれのオリジナル段ボール紙の形状が、鋳型を使った鋳込みの手法によって8通りのブロンズの鋳物を生み出しました。(場合によっては、グロッチャンは溶融金属を移し込み、それらをパワフルかつ規則的な要素へと変容させるというチャンネルを保持してきました。)
これらのブロンズはしばしば指を用いて、騒々しいスペクトラムの色合いで力強く着彩されています。深紫に緑のアクセント、暗赤色、緋色、エメラルド、青緑色、パステルの色調を和らげたもの、くすんだり燃えるようなトーン…と、色とりどりの作品が並びます。その一方で、抽象的なことばを用いながら、表情豊かなようすで観る者が注目せずにいられないような魅力を醸し出し、グロッチャンが作者であるということを示しています。それらの表面は不規則に積み重ねられたサインやイニシャルで覆われています。
本作は精巧に作られたテクスチャーやプリミティブなスタイルで、着彩された段ボール紙によって野性的な質感が強調されています。それもあって、緻密なレイヤーとニュアンスのあるモノクロームで描かれるこれまでのグロッチャンの一連の作品、すなわち顔やバタフライのペインティングとは対照的だと明言するひとも少なくありません。
マスクの彫刻作品は、シンプルな段ボール箱をもちいた構築、言うなれば典型的な初期の教室で行われた工作の活動を彷彿させます。また、巨匠ピカソがのどかな地中海での日々を過ごしている間に我が子に向けたアプローチを非常に魅力的に模倣しています。
フラットで四角い顔に、眼のところにふたつの穴、鼻にはニューブ、そしてすこし大きめの穴やスラッシュで口を表現しています。なかには顔の特徴とされる3つの要素(眼・鼻・口)の一種を与えられているだけのものもあります。
初期のモダニストやアフリカ・オセアニアの芸術との間にあるインスピレーションの湧く関係性を再現することで、それらは同様にタシスト(注:タシズム=絵の具をたらしたり、飛び散らせたりする抽象画法)や抽象表現主義者たちによって手ほどきされた表面への執念を模索しています。
アートの歴史における先駆者のように、グロッチャンは模造や制作というプロセスを経由して指示対象から美的な除去を確立し、結果として彼の彫刻作品は、非の打ち所のない原始的な強さと、洗練されていながらもひとの心を惹きつけるアピールの両方を見事に証明しています。
Mark Grotjahn / Masks
Gagosian
204 pages
337 × 298 mm
English
ISBN: 978-0-8478-4407-4
2015