Filtering by Tag: SILAS FINCH

Lucy Helton / TRANSMISSION

Added on by Yusuke Nakajima.

イギリスの写真家・Lucy Helton(ルーシー・ヘルトン)の、ユニークな写真集が入荷しました。

このプロジェクトは彼女の父であるDavid Helton(デイヴィッド・ヘルトン)からインスパイアされたもの。彼は熱心な環境問題に関する専門家でありそれにまつわる執筆をしていましたが、その小説のひとつに「人類は別の惑星に暮らしているために、そこには存在しない世界。地球が自然保護区になることを許容する」というストーリーがありました。このユートピア的なアイディアを始点とし、そこから彼女なりの想像を膨らませて、まったく違う地球、すなわちまったくひと気のない世界を創り出しました。
[Transmission(=伝達)]というタイトルは、それがあるメッセージであることを示唆しています。

ヘルトンは自身の写真に出処不明の科学的想像を適宜織り交ぜ、そのふたつの境界をすっかり曖昧にさせながら新しい物語を注意深く構築していきます。

ここには、人間・動物・昆虫、単葉でさえも存在しません。あらゆる生命の気配をすっかり剥ぎ取った地球の有様が視覚的に構築されています。
強いグレーと黒が用いられたモノクロのイメージは、寒々しく気味悪いようすを演出するのにてきめんです。ロールを開くと最初にあらわれるのが、まるで寂れたひと気のない環境にある生命のない丘。感熱式ファックスによるプリントがその歪みを増幅します。この素材の選定はイメージのテクスチャー(触感)に作用するだけでなく、本プロジェクトの体験といった側面をも強化します。
暗く、粒子が大きく、ぼやけたイメージのいくつかは、先ほどの丘の近影のようにも見えますし、そのほかのものは地質学的形成やそのディテールを示しています。オリジナルの文脈から切り取られたこれらのイメージは、月面やあるいは宇宙に存在する別の惑星のようです。
白と黒のコントラストが強い別のイメージは、氷山の先端や浮氷の塊がみえます。最後の写真では再び丘があらわれますが、ここでは先ほどとは異なった形とサイズからのアプローチでお目見えしています。
この展開を通じて、ヘルトンはイメージのスケールや規模を巧みに扱い、私たちのセンスや知覚と戯れます。イメージのいくつかは縫い合わせたようにも見えますが、こうした戦略はより近くで見たりディテールに目を向けるように私たちに仕向けてきます。
彼女ならではの美的感覚や感受性が盛り込まれたこの視覚的な物語は、ほとんど世界の終わりの後の想像という思いもよらない美しさと、えぐるような空虚感や荒廃といった感覚とが織り交ぜられています。
彼女は自身のコメントのなかで、「このヴィジョンは彼女のこの惑星の未来についての深い関心事を反映している。破壊的な傾向のある人類の活動により地球の景観は劇的に変化し、この惑星における生命の滅亡というアイディアはもはや絵空事ではないでしょう。」と述べています。

本プロジェクトにおいて、ヘルトンは200年の間地球がどのように見て感じてきたかというのを想像します。地球のこの世の終わりを捉えた彼女の写真は、私たちにとって親近感のある景観や環境とかけ離れていて、まるで全く別の惑星をみているかのような気さえします。
そう遠くない将来から送られたこのコミュニケーションは、明快な警鐘です。ヘルトンは私たちにこの寒々しく、ゴツゴツした薄気味悪い岩こそが私たちの未来(あるいは人類のいない未来)だと想像し、またそうした未来に対して心配したり居心地が悪いというふうに自覚して感じてほしいのです。私たちは将来の大惨事を防ぐために今こそその一歩を踏み出すべきだと、強く背中を押されます。

伝統的な書籍のフォーマットの範疇を超えた見た目は、そのメッセージにまつわるアイディアをクリエイティブに反映しています。
本書はヘルトン自身が古いファックス機を使ってすべての写真をプリントするという、退屈かつ消費的なプロセスを経て制作されました。
(※書籍化の際は、合成紙にUV印刷で制作しています。)
異なったサイズの薄い紙にプリントされた9点のパノラマのイメージは互いに覆うようにして重ね合わせた状態で綴じられています。この製本は全体としてひとまとまりのコミュニティが存在し、またその各々が繋がっているという感覚を強めることに一役を買い、独特な触感は心地よさをもたらし、結果としてエレガントかつ繊細なオブジェに仕上がっています。また、ボール紙のチューブに納められた装丁は、ボトルのなかのメッセージを発見したり、空気管を経由して届けられるという体験を生み、読者を楽しませることに余念がありません。

表紙に記載されたテキストは、典型的なタイポグラフィ・記号・専門用語などを踏襲し、実際のファックス送信のレポートを模倣して起用されています。
ミステリーや予期せぬ美しさをともなった装丁とは裏腹に、現在私たちが抱える差し迫った環境問題を取り上げ、視覚的ないし触覚的な体験を推し進めていきます。
スクロールしてみていくという形態からは思慮に富んだエレガントさが際立ちます。ただ時代遅れのファックスのフォーマットを模倣したのではなく、万物は密接につながっているというより大きな哲学を反映しています。

本書の成功は、コンセプトと制作との密接した統合によって成り立っています。単に写真を目立たせるための単刀直入な手段ではなく、収録された作品の力を高めるオリジナリティのある芸術的表現に昇華しています。彼女の写真集は動きのない加工物のようであり、不吉な予感に満ちています。
彼女の作品集は、写真集という媒体を用いて見事なオブジェに仕上げました。独創的でリスクを厭わない創作性における秀逸な好例のひとつです。

参考文献
 ■

Lucy Helton / TRANSMISSION
SILAS FINCH
9 pages
Wrapped paper in a cardboard tube
222 x 800 mm
English
limited edition of 400 copies, signed
ISBN: 9781936063222
2015

ISLANDS OF THE BLEST

Added on by Yusuke Nakajima.

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、欧米では非営利の団体が出版活動を展開し、良質な書籍をこの世に送り出す取り組みを見かけることがあります。
POSTで特集した出版社で言えば、言わずと知れた現代写真界では欠かすことのできないaperture(アパチャー)や、出版社との共同開発によりユニークな出版物を手がけるBook Works(ブック・ワークス)などが挙げられます。
規模の大小はあれど、いずれも芸術活動の支援やアーティストへの敬意といった想いがよく顕れた、とても有意義な活動です。

今回は、現代写真に特化して活動を展開するSILAS FINCH(サイラス・フィンチ)について触れながら、1冊の本をご紹介します。

※公式ウェブサイトのトップ画面のスクリーンショット

SILAS FINCHは、2009年にKevin Messina(ケヴィン・メッシーナ)により創設された、ニューヨークを拠点とする非営利の芸術団体。アーティスト・機関・企業クライアントとの協働作業により、意欲的な写真プロジェクトにまつわる制作・出版・プロモーションを展開しています。
印刷や映画を制作するデザインスタジオを構えるなど充実した環境を整えつつ、戦略・クリエイティブディレクション・デザイン・特注の出版プロジェクトに関連する制作サービスなどを提供しています。

本書は、写真家・Bryan Schutmaat(ブライアン・シュトマート、1983年アメリカ・テキサス州生まれ)とライター・Ashlyn Davis(アシュリン・デイヴィス、1986年アメリカ・テキサス州生まれ)との共同編集により制作されました。実は、同じくSILAS FINCHより2013年に出版された、Schutmaatの写真集「Grays the Mountain Sends」の展覧会に向けた準備が発端となったようです。

このシリーズのコンセプトは、アメリカ西部のあらゆる情景を描写した歴史的な写真を収集し展示すること。すべてのイメージはデジタルパブリックアーカイブで、いずれも1870年代から1970年代に撮影されました。約1世紀の歴史を捉えた一連の写真は、撮影した写真家も全くもって無名の者からアメリカを代表する大御所までそれぞれです。

このプロジェクトは、自身のルーツでもあるアメリカ西部の複雑さについて、彼らなりに想いを馳せていることが伺えます。
単にSchutmaatが作品における写真の系譜について考えることになったというだけでなく、Davisにとっても、パブリックアーカイブによって共有された歴史を通じて、これらのランドスケープにまつわる歴史を模索するという意味がありました。
この着想は、結果として彼らに大掛かりなロードトリップの機会をもたらすことになります。連れ立ってテキサス西部からニュー・メキシコ、ユタ、アリゾナを経て、国立公園に立ち寄る。道中ではお互いアメリカ西部に関する書籍を読み更けていたそうですが、それでも彼らとしては、本書を真実の物語としてではなく、むしろ写真を用いた詩として認識してもらうことを願っています。

何より注目すべき点は、構成するうえでのシーケンスでしょう。Schutmaatはよりコンセプチュアルに考えている一方で、当初Davisはもう少し逐語的に考えていたのですが、次第に考えを改め、極めてコンセプチュアルな方向へと軌道修正をすることになります。それぞれの写真からは実にたくさんのことが語られているのを感じながらそれらに耳を傾けていくことにより、結果として特定のストーリーを念頭に置くことはせず、ニュアンスを重視した物語へと仕立てていきました。

まるで瞑想のように展開されていく物語は美的感覚をも兼ね備えており、ひとつのイメージから次のイメージへと移ろいでいくようすに、穏やかな気持ちで目を運ばせていくことができます。

ISLANDS OF THE BLEST
Edited by Bryan Schutmaat and Ashlyn Davis
SILAS FINCH
68 pages
Staple binding with letterpress printed cloth cover
292 x 342 mm
ISBN: 978-1-936063-10-9
2014