Luigi Ghirri(ルイジ・ギッリ、1943年 イタリア・レッジョ・エミリア生まれ)は、知る人ぞ知るイタリアの写真家。現代写真に精通しているひとたちからは、カラー写真のパイオニアとして認識されています。
1970年代に写真家としてのキャリアを始めたギッリの手がける写真は、当時広く台頭していたモノクロ写真とは大いにかけ離れたものでした。ヨーロッパの写真界で依然として支配的だった、新しいリアリストやヒューマニスト的な写真の流れからは全く異なるやり方で、彼は極めて個人的な言語としての写真作品を発展させていきます。
枠に囚われない自由さ、色や小さなフォーマットを用いた先駆的な表現、ランドスケープへの関心、岩石と青。こうした要素は彼の作品を特徴づけます。
「もうひとりのイタリアの例外」と称されるウーゴ・ムラスと同様に、彼はイメージにおける理論的解析と写真の新しい道を模索するというふたつの決定的な役割を演じることになったことでしょう。
1992年2月14日の朝、ギッリは49年の生涯を閉じました。早すぎる死もまた、彼の素晴らしい取り組みが意外にも広く知れ渡らなかったことの一因なのかもしれません。
もうひとりの写真家、フランス・アルル生まれのFrançois Halard(フランソワ・ハラルド)。
彼はパリのエコール・デ・ボザールで学んだのちニューヨークに渡り、アメリカ版Vogue・Vanity Fair・GQ・House & Gardenといった雑誌を舞台に仕事をし、この時代におけるもっとも評判のよい著名な建築写真家として知られるようになりました。
場がもつ精神性を的確に捉えながら、アーティストにとってごく個人的な空間を撮影するという仕事を好んで続けています。住人を取り囲むものを通じて住人のポートレイトを創作するというアプローチにおいては、おそらく右に出るものはいないでしょう。
2011年にハラルドの個展が開催されたとき、彼はギッリの妻・パオラに会いました。もともと彼が抱いていたギッリの作品に対する称賛は、ギッリの思い出がつまった空間を撮影したいという願望へと変化していきました。これが契機となり、イタリアのロンコチェージにある彼の自邸を撮影するという着想が生まれ、やがて具現化していくことになります。
念願叶ってハラルドがその憧れの場所を訪れたとき、まるで詩のなかの世界のような雰囲気に満たされた雰囲気を目の当たりにし、すっかり魅了されました。
日常をいとなむ空間に宿る、洗練された美。世界との関わりをもつうえで、美は不可欠でありまた価値のあるものだという、もはや人類学的な探求における究極の表現であることを見出します。
ハラルドの写真を通じたストーリーは、ごく個人的な探求であると同時に回想でもありました。彼のカメラレンズはこの空間のもつ神聖さに向けられ、フォーカスを当てていきます。
一連のイメージは、イタリア文化の本質でありながらも国際的な尺度から見れば未だ知る人ぞ知る存在である、世界中の写真家や文筆家がモチーフにしてきた、かの有名な[Casa Maraparte(マラパルテ邸)]を踏襲しています。
ハラルドによる本書は、ルイジとパオラの自邸を通じて彼らの歴史と思い出やギッリに対する敬愛という二重のオマージュとなりました。
アーティストや文筆家の自邸やスタジオを捉えた写真はありふれていますが、ハラルドの写真のように人が住んでいる気配さえをも映し出したものはあまり類をみないでしょう。
彼の極めて鋭い感受性によって導かれる写真と向き合ったが最後、住み心地のよいこの場所や彼らの歴史に対して感情移入せずにはいられません。あくまで他者という視点で見据えながらも、あたかもハラルドもそこに暮していたかのような臨場感を伴います。
彼らの空間と作品とのつながりを探りつつ、慎み深さや敬意を伴って彼らの親密なポートレイトを描く試み。彼らの不在によって特色づけられたシチュエーションによって、ハラルドは奇妙さを孕む静かな対話をもたらします。まるで、ギッリの写したモランディのアトリエのように。
François Halard / Casa Ghirri
KEHRER
80 pages
Hardcover
230 x 305 mm
English
ISBN: 978-3-86828-397-6
2013