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Olafur Eliasson / reality machines

Added on by Yusuke Nakajima.

先日このページで紹介した「The Kitchen」では、Olafur Eliasson(オラファー・エリアソン、1967年-: デンマーク・コペンハーゲン生まれ)のスタジオで大切にされている食について掘り下げましたが、今回は彼の真骨頂となる美術作品の真髄に迫ってみます。

オラファーは今日最も評価されているヴィジュアルアーティストのひとりです。1990年代初頭以降、世界中で開催される数多くの展覧会で作品を発表してきました。
彼の作品は、彫刻・ペインティング・写真・映像・インスタレーションを多岐にわたりますが、なかでも建築的なプロジェクトやサイトスペシフィックな(=設置される場所の特性を活かして制作された)作品群で広く知れ渡っています。光・風・水といった自然のなかに存在する物質を、形を変えて消えては顕れ…と循環を繰り返します。

オラファーのダイナミックなインスタレーション作品と対峙した観賞者は、目の前を覆い尽くすようにして出現した現象を全身全霊で受け止めます。その圧倒的なようすから「まるでこの世には自分独りしかいないのでは…」と、社会的な領域の外へと隔離されたような感覚が芽生えてくるかもしれません。
当初はその場に設置されたオブジェそのものに関心を寄せていた観賞者の焦点は、無意識のうちに「見る」という実体験へと移行していきます。この不思議な体験を通じて、現実においてわたしたちが認識している知覚が変容していくのを感じます。

この「知覚」こそが、オラファー作品の核をなすものです。
彼は自身の作品を「批判的な視点から外の世界を探求するための道具」と言い表し、実際に新たな知覚を創出してきました。作品を通じて、「わたしたちが一体何をみているか」に気付くようになり、また同様に「見るという行為を通じてわたしたち自身に気付く」ようにと導きます。
わたしたちが自身の存在そのもの、そして参加するという行為を認識することで、彼の言葉を借りるならば「自分自身を見ることを見る」ように促します。そして「わたしたちは心の底では一体何を知っているのか」ということを気づかせてくれます。

知覚というものが試され、再解釈されていくにつれて、徐々に作品の構成要素であるオブジェと観賞者との境目が曖昧になっていきます。まるで両者が溶け合っていくかのようです。

2015年秋から2016年に1月にかけて、ストックホルム近代美術館のディレクションにより、スウェーデン・ストックホルムのArkDesとの協働でオラファーの個展「Reality Machine」が開催されました。本展にあわせて制作されたのが、同名の本書です。

天井から吊り下げられた稼働中の扇風機が、観る者の頭上で予測できない動きをする。
半狂乱にポンプで汲み上げられた水が滝になる。
また別の展示室では、色鮮やかで迷路のような構造が組まれ、そこに入り込むことができる。
こうした作品群は、すべてオラファーの展覧会の一部です。

本書をデザインした、オランダ・アムステルダムを拠点とするイルマ・ボームとの協働も見逃せません。
透明度の高いフィルム紙を随所に起用することで、印刷物である書籍という形をとりながら、展覧会を追体験できるようなインタラクティブな特性が生まれます。
オラファーのスペクタクルが、イルマの機知に富む創意によって、より広がりのある表現へと昇華されていきます。

オラファーの作品は、身体的体験を通じて自身の内側へと目を向けさせる瞑想的な要素と、普段の日常の範疇の外へと拡張してゆく宇宙的な要素とをともに孕んでいます。
ミクロからマクロまでを行き来する発展性を秘めた芸術性は、他に類を見ない稀有な表現です。

Olafur Eliasson / reality machines
Moderna Museet, Stockholm /ArkDes, Stockholm / Koenig Books, London
300 pages
Softcover
212 x 297 mm
English
ISBN: 978-3-86335-862-4
2015
8,600円+税
 

Studio Olafur Eliasson / The Kitchen

Added on by Yusuke Nakajima.

生活を支える「衣」「食」「住」。なかでも「食」は、生命とダイレクトに繋がる不可欠なものです。
創作を生業とするアーティストにとって「食」とは、一体どのようなものなのでしょうか?

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Olafur Eliasson(オラファー・エリアソン)は、1967年デンマーク・コペンハーゲン生まれ、現在はアイスランドを拠点に活動するアーティストです。展示会場(あるいは屋外)に設置されるダイナミックなインスタレーション作品で知られます。
さまざまな形態となってあらわれる彼の作品に共通する点は、自然現象が軸となっていること。光や影、色彩といった、普段わたしたちが日常的に目にする身近な要素を取り込んだ、視覚的に訴え認識を揺さぶるような作品が印象的です。

オラファーのスタジオが自発的に制作を手がける書籍シリーズ「Take Your Time(=TYT)」では、毎回オラファー自身が気になるトピックを入念にリサーチして、一冊の本にまとめています。
本書は、TYTの通算5巻目として2013年に刊行された「The Kitchen」を、3年の時を経た2016年にイギリスを拠点とする大手出版社Phaidon(ファイドン)が再版しました。

めざましい活動を繰り広げる世界的なアーティストであるオラファーは、「食」こそが作品が生みだされる源だという強い信念があります。これに基づき、制作スタジオ内の心臓部ともいえる中心部には大きなキッチンを構えました。
キッチンには専任の調理担当が在籍し、総勢60~70人ほどのスタッフのために日々の食事をこしらえます。
スタジオのスタッフは食事どきになると作業の手を止めてひとところに揃い、大きなダイニングテーブルを囲んで会話を楽しみながら食事をとります。気ぜわしい瞬間が続くであろう制作環境にいても、健康的な食事によって身も心も英気を養うことを欠かしません。
こうしたひとときから、豊かな創作的発想や有意義な意見交換の場が生まれます。

「食」は誰にとっても本質的であり、また平等なものです。
スタジオ内では美術作品の創作過程においてそれぞれに役割や立場が与えられるでしょうが、食卓で肩を並べれば、その関係性はフラットになるのです。

自主的な活動が継続していくことでもたらされた意識改革は、スタジオ内のスタッフにはもちろん、外部のコラボレーターにも波及しています。
本書に序文を寄せているAlice Waters(アリス・ウォータース、1944年アメリカ・ニュージャージー州生まれ)もそのひとり。カリフォルニア・バークレーで、オーガニック食材をふんだんに用いたローカルフードを提唱している伝説的なレストラン、Chez Panisse(シェ・パニース)と聞けば、その名に聞き憶えのあるひともいるのではないでしょうか。
他にも、2015年には全てのスタッフを引き連れて東京に期間限定の出張レストランをオープンしたことが記憶に新しいNOMA(ノーマ)シェフ兼共同オーナーのRené Redzepi(レネ・レゼピ、1977年 デンマーク・コペンハーゲン生まれ)も同様です。

食のことを誰よりも深く考え、志を強く持ち改革へと乗り出す意義深い活動を繰り広げる食の専門家たちと芸術家であるオラファーとでは、一見すると社会的な立ち位置は異なります。しかし、みな「食」に重きを置き、豊かな食習慣によってインスパイアされているという点には変わりありません。
彼らはオラファーのスタジオのキッチンに立ちともに調理をしたり食事をとることを通じて、オラファーのヴィジョンを体感的に会得し、共感するに至りました。

仮にアリスやレネのような食のスペシャリストでなかったとしても、オラファーの価値観に触れることは十分に可能です。
本書には実際にこのキッチンでつくられた100種類を超えるレシピが収録されており、これを手本にしながら自分なりに調理することができます。つまり、実践を通じて彼らの食生活を体験できるのです。
一冊の本を架け橋として、読者にもよき循環が広がっていきます。これは時空を超えて遍く届けられる「本」だからこそなし得ることでしょう。

オラファーの生きることに真摯に向き合う一貫したスタンスには、学びや共感が多く詰まっています。

Studio Olafur Eliasson / The Kitchen
Phaidon
368 pages
Hardback
190 x 255 mm
English
ISBN: 9780714871110
2016

5,690円+税
Sorry, SOLD OUT