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MONOHA

Added on by Yusuke Nakajima.

昨今、よく耳にする「もの派」というキーワード。これは、1960年代末から70年代初頭に顕在化した、当時の日本現代美術の動向に対する呼称です。これまでとりわけ脚光を浴びる機会に恵まれることもなかったのですが、近年日本のみならず世界的にも注目を集めています。

同時代の複数のアーティストがもの派に分類されるものの、彼らは1950年代半ば以降に頭角をあらわした「具体」のように意識的にグループを結成して組織化して活動することも、ましてやもの派を自称したわけでもありません。
あくまで主体的な個々の活動があり、それがゆるやかに連携することで大きな広がりを見せていったのです。

もの派の前の流れにあたる当時の日本現代美術における重要な契機として、1960年代初頭に前衛美術グループ「ハイレッド・センター」のメンバーとして反芸術的なスタンスで活動を展開したことで知られる、高松次郎(1936年東京生まれ)の存在を欠かすことはできません。
高松は、1960年代半ばに「影」にまつわる作品を発表していました。そのなかで概念と実在とがずれるという真実にぶつかることで、視覚によって現実を認識することへの限界を感じ、探究の対象を主体である人間(作家)から外界の物質(素材)へ移行していきます。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, J. Takamatsu - Light and Shadow, 1970/2012, piastra d'acciaio e lampadina 90x36 cm.
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

物事を理知的に考えた高松の思想が大きな動向として結実するまで、そう時間はかかりませんでした。その役目は、奇しくもかつて高松の助手を務めていた関根伸夫(1942年埼玉生まれ)が担うことになりました。
1968年に第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展において関根が初めての野外作品として発表した「位相-大地」こそが、一般的にもの派の実質的な始点と見なされています。同展の前年あたりから熱心に学んだ位相幾何学(トポロジー)により培った考え方をベースにして制作された本作は、会場となる公園の一角に掘られた円柱状の穴と、その隣に積み上げられた円柱状の土とで構成します。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, N. Sekine - Phase of Nothingness – Water, 1969/1995, acciaio smaltato, acqua, h120 cm, diametro 120, cm 30x213x160 cm. N. Sekine, Phase – Mother Earth, 1968, 197x197 cm, foto d'epoca su legno. N. Sekine, Phase of Nothingness – Mother Earth, 1970/2015, marmo bianco 21x120x140 cm. N. Sekine, Phase of Nothingness – Cloth and Stone, 1970/1995 tela dipinta, corda, pietra, 242x227 cm. 
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

痛烈な批判も含めさまざまな意見が飛び交う本作を新たな視点から受け止めたのが、李禹煥(リ・ウーファン、1936年韓国生まれ)です。老荘思想をバックグラウンドに持ち日本へやってきた李は西洋近代的な二元論を疑問視していましたが、本作からプラス・マイナス・ゼロの関係を読み取り、「ものの状態の一時的な変化」と評価しました。
作品制作に打ち込む傍ら、当時の日本現代美術に対する批評活動を展開していた李にとって自身の論理を具現化する関根との邂逅はかけがえのないものでしたが、関根にとってももの派の理論的支柱となる李との巡り合わせは同様に意義深いものでした。

Lee Ufan, Gallery Shinjuko, Tokio 1969.

1968年末から69年にかけて、李・関根をはじめ、「位相-大地」から大きな衝撃を受けた吉田克朗(1943年埼玉生まれ)と小清水漸(1944年愛媛生まれ)、そして成田克彦(1944年旧朝鮮・釜山生まれ)や菅木志雄(1944年盛岡生まれ)が加わった面々は、議論を交わしながら芸術理念を鍛え上げ、各々が己の表現を突き進めていきました。
彼らは近代的な造形原理を否定することから始まり、対象化された形態や人工的な物質ではなく、土・石・木などの自然に存在するものや鉄板・綿といった原型的な物質を扱うことで、あるがままのものを通してストレートに世界を感受しようと試みます。
空間においてコンポジションの一要素となる物質性を念頭におく、哲学的ともいえる共通理念を共有していくのです。

Kishio Suga

このネットワークを「狭義のもの派」とするならば、「広義のもの派」に該当する作家たちの存在も見逃せません。

物質に対して五感を通じた身体性で感応しつつ、制作者の情念のようなものを同化させていく榎倉康二(1942年東京生まれ)。
戦争が遺した暗い記憶のメタファーともいえる枕木を自作し「場」を創作し続けた高山登(1944年東京生まれ)。
故郷・横須賀と関連性の高い日常的な経験や記憶をもとにして見えないものを作品化する原口典之(1946年横須賀生まれ)。
彼らは、出自の異なる「狭義のもの派」とは一定の距離を置いて活動を繰り広げていきました。

前述の三者とは別の方向性に可能性を見出していく者もいました。
最低限の構成要素により自立した空間領域を創成しようと試みた狗巻賢二(1943年大阪生まれ)。
事物が時間の経過とともに変化していくことに着目した野村仁(1945年兵庫生まれ)。
彼らは、非物質的要素へに目を向けている傾向が顕著です。

Noboru Takayama - Underground Zoo - 1969/1995, dalla mostra Asiana, Palazzo Vendramin Calergi, Venezia 1995. Foto di E. Cattaneo.

こうしてみてみると、同時代に同じ美術の領域に身を置いてはいてもそれぞれが異なった経験や刺激を糧にして作品を生み出していったのがわかります。
けれど、当時から約半世紀が経過した現代から俯瞰的に回顧してみると、もれなく「もの派」という大きな潮流のなかにいることが伺えます。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, K. Narita - Sumi, 1969/1987, legno bruciato, 150x350x84 cm.
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

参考文献
※本書に収録されている解説や批評文

 


MONOHA
Mudima
437 pages
hardback
226 x 268 mm
2015
ISBN: 978-88-86072-86-1