Jason Schmidt / Artists II

Added on by Yusuke Nakajima.

Jason Schmidt(ジェーソン・シュミット)は1969年ニューヨーク生まれの写真家。1991年にコロンビア大学で美術史の学位を取得し卒業しました。彼の作品はロサンゼルス現代美術館や、ニューヨークの現代美術画廊のダイチ・プロジェクツで展覧会が開催されるほか、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、ヴァニティ・フェア、ハーパース・バザー、ザ・ニューヨーカー、Vマガジンなどという影響力のある媒体に繰り返し掲載されています。

「Artists II」は、今日においてもっとも重要なアーティストを追うシュミットの進行中の写真ドキュメンタリーシリーズの第2巻です。
カール・ラガーフェルドがディレクターを務めることで知られる、Steidl社内のいちレーベルである「Edition 7L」から、2007年に第1巻となる「Artists」が出版され、待望の続編となります。

本書には、John Baldessari(ジョン・バルデッサリ)、Ai Weiwei(アイ・ウェイウェイ)、 Glenn Ligon(グレン・リゴン)、Cindy Sherman(シンディ・シャーマン)など、166ものアーティストが登場します。
12年以上にわたり撮り収めてきた写真のなかには、若手から大御所、軌道に乗っている者、世界的に著名な人物から知るひとぞ知る気鋭まで、大いなる創造性を秘めたアーティストたちの顔ぶれが並びます。
それを追っていくと、彼なりにアートの世界に鋭い視線を向けてきたことがよく伝わってきます。


彼らのスタジオや制作環境にまつわる場所で撮影されたこれらの写真は、彼らがもっとも打ち解けた瞬間を切り取ることによって、まさに創作プロセスの実践者であることをよく示しています。
シュミット自身が表現者だからこそ、他のアーティストのごくプライベートな領域まで立ち入ることができたのでしょう。
彼の暗躍により、一般的に作品を通じて作家の内面を知る我々も、知られざる素顔を見ることができました。

また、ポートレイトに添えられたテキストも外すことのできない要素です。
時に被写体を文章という切り口から描写したり、詩的な要素や謎めいたアプローチを試みることで多角的に迫り、彼らの素性を明らかにしてきます。
ポートレイトとランドスケープの間ともいえるシチュエーションで捉えるシュミットのこの写真シリーズは、コンスタントに変化してゆくアートやアーティストの有様、そして現代美術の実践の場を包括的にまとめた形式として、非常に有益なものです。

Jason Schmidt / Artists II
Steidl
180 pages
Hardback / Clothbound
295 x 300 mm
English
ISBN: 978-3-86930-632-2
09/2015

Mark Grotjahn / Masks

Added on by Yusuke Nakajima.

Mark Grotjahn(マーク・グロッチャン、1968年アメリカ・カリフォルニア生まれ)は、現在はロサンゼルスを拠点に活動しています。バークレーにあるカリフォルニア大学で美術学修士号(MFA)、ボールダーにあるコロラド大学で美術学士(BFA)を取得し、芸術家としてのキャリアを始動しました。
これまでに、ロスのハマー美術館(2005年)やニューヨークのホウィットニー美術館(2006年)、コロラドのアスペン美術館(2012年)などアメリカ国内だけでなく、スイスのトゥーン美術館(2007年)やポーランド美術館(2010年)で個展を開催しています。また、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やグッゲンハイム美術館、ロセンゼルス近代美術館、オランダのアムステルダム市立美術館やロンドンのテート・モダンでは、コレクションとして作品が収蔵されています。

※Gagosianのウェブサイトよりスクリーンショット

一見すると、グロッチャンの作品群は自然や活動に対する言及をふんだんに用いながら、モダニストの論議のなかにおいて純粋な美的感覚と結合してあらわれます。
彼は、花や水のある自然の世界に対していくつかの反復する接点のひとつとしてバタフライ(蝶)のモチーフを用い、それをペインティングとドローイングと多岐にわたる表現に登場させ、その可能性を生み出していきます。彼の進行中のバタフライシリーズは、ふたつないし多数の消失点を用いるような透視画法的な研究やルネッサンス時代以降に使われているテクニックにフォーカスを充て、二次元の表面に奥行きとボリュームのイリュージョンを創りだします。
こうした複雑かつ歪められたアングルと、光り輝く色調の彩りによる象徴的な構成は、ロシアの構成主義から視覚的芸術の幻覚のようなイメージまで、モダニストの絵画における歴史からひらめく多様な物語をほのめかします。極めてエレガントなグロットヤンの作品にはよく傷やマーキングが見られますが、これは彼の巧みにコントロールされた構成においてプロセスの偶発性を証拠立てることに一役買うことでしょう。

その作品群の中心にあるのは、放射するように発しているストローク。往々にして単色でありながら、着彩された表面の光沢は揺らめきます。度々Barnett Newman(バーネット・ニューマン、1905-1970 アメリカ・ニューヨーク生まれ)の「zip」ペインティングが引き合いに出される、抽象的なバタフライの羽根に類似性を見出せるこれらの作品を、1960年代に数学者や気象学者によって提唱された「バタフライ・エフェクト」と称することもあります。

2012年にGagosianギャラリーで開催されたグロッチャンの展覧会では、こうしたアプローチとは全く異なる作風の作品が出展されました。それは、マスクをかたどった彫刻作品。その出で立ちは、見るからに虚偽的です。段ボール紙で作られたアッサンブラージュによるブロンズ製の鋳物は、彼が10年以上プライベートワークとして手がけてきたものです。
もとの素材の段ボールは、うねり・へこみ・涙・しわといったすべてのニュアンスを留めます。それぞれのオリジナル段ボール紙の形状が、鋳型を使った鋳込みの手法によって8通りのブロンズの鋳物を生み出しました。(場合によっては、グロッチャンは溶融金属を移し込み、それらをパワフルかつ規則的な要素へと変容させるというチャンネルを保持してきました。)

これらのブロンズはしばしば指を用いて、騒々しいスペクトラムの色合いで力強く着彩されています。深紫に緑のアクセント、暗赤色、緋色、エメラルド、青緑色、パステルの色調を和らげたもの、くすんだり燃えるようなトーン…と、色とりどりの作品が並びます。その一方で、抽象的なことばを用いながら、表情豊かなようすで観る者が注目せずにいられないような魅力を醸し出し、グロッチャンが作者であるということを示しています。それらの表面は不規則に積み重ねられたサインやイニシャルで覆われています。

本作は精巧に作られたテクスチャーやプリミティブなスタイルで、着彩された段ボール紙によって野性的な質感が強調されています。それもあって、緻密なレイヤーとニュアンスのあるモノクロームで描かれるこれまでのグロッチャンの一連の作品、すなわち顔やバタフライのペインティングとは対照的だと明言するひとも少なくありません。

マスクの彫刻作品は、シンプルな段ボール箱をもちいた構築、言うなれば典型的な初期の教室で行われた工作の活動を彷彿させます。また、巨匠ピカソがのどかな地中海での日々を過ごしている間に我が子に向けたアプローチを非常に魅力的に模倣しています。
フラットで四角い顔に、眼のところにふたつの穴、鼻にはニューブ、そしてすこし大きめの穴やスラッシュで口を表現しています。なかには顔の特徴とされる3つの要素(眼・鼻・口)の一種を与えられているだけのものもあります。

初期のモダニストやアフリカ・オセアニアの芸術との間にあるインスピレーションの湧く関係性を再現することで、それらは同様にタシスト(注:タシズム=絵の具をたらしたり、飛び散らせたりする抽象画法)や抽象表現主義者たちによって手ほどきされた表面への執念を模索しています。

アートの歴史における先駆者のように、グロッチャンは模造や制作というプロセスを経由して指示対象から美的な除去を確立し、結果として彼の彫刻作品は、非の打ち所のない原始的な強さと、洗練されていながらもひとの心を惹きつけるアピールの両方を見事に証明しています。

Mark Grotjahn / Masks
Gagosian
204 pages
337 × 298 mm
English
ISBN: 978-0-8478-4407-4
2015

In the Studio

Added on by Yusuke Nakajima.

普段創作をしないいち鑑賞者の立場からすると、アーティストやクリエイターの作品が制作されるスタジオ(アトリエ)というものはまるで神聖なる空間のように感じるところがあり、そこで生み出される作品ともども、非常に魅力的なように映ります。一方、同じく創作に打ち込む身にとっても、他のクリエイターがどんな空間で制作に打ち込むのだろうかと、興味を惹かれることは間違いありません。

実はスタジオを写し出した美術作品にはとても深い歴史があり、写真集を目にすることは度々あります。
今回、世界中のトップアーティストの作品を扱ってきたGAGOSIAN(ガゴシアン) では、非常に興味深い展覧会「In the Studio」が開かれたようです。

John Elderfield(ジョン・エルダーフィールド、1943年イギリス・ヨークシャー生まれ)とPeter Galassi(ピーター・ガラッシ)というふたりのキュレーターの尽力により、絵画と写真というふたつのアプローチから迫る展覧会が同時開催されました。この対になった展覧会のねらいとは、これらのふたつの表現手段における主題の発展において重要なテーマを模索することです。

2003年から2008年にかけてニューヨーク近代美術館(MoMA)で名誉ある絵画・彫刻部門のチーフキュレーターを務めたエルダーフィールドは、本展のうち「Paintings」をキュレーションし、16世紀半ばから20世紀末にかけて、40名近くのアーティストにより制作された50点以上の絵画や紙を支持体にした作品が出展されました。

Henri Matisse(アンリ・マティス)、Pablo Picasso(パブロ・ピカソ)などの作品から、極めて早く長い慣習的なモチーフ、例えばイーゼルを前にした画家、教育的な情景、アーティストとモデルのイメージなどが並びます。
また、Constantin Brancusi(コンスタンティン・ブランクーシ)、Alberto Giacometti(アルベルト・ジャコメッティ)といった、のちに歴史となったスタジオのあるべき姿そのものにフォーカスしています。

「虚構の、あるいは空想上のスタジオ」というのは、19世紀末以降人気を博した主題ですが、Diego Rivera(ディエゴ・リベラ)らのキャンバス作品が挙げられます。
一方、アーティストの素材を重要視した動きは、Jean-Baptiste Siméon Chardin(ジャン・シメオン・シャルダン)の18世紀の作品から、19世紀のCarl Gustav Carus(カール・グスタフ・カールス)やAdolph von Menzel(アドルフ・フォン・メンツェル)の作品まで起源を追うことができるでしょう。
そして、戦後のアーティストのJim Dine(ジム・ダイン)やJasper Johns(ジャスパー・ジョーンズ)に至ります。

アーティスト自身の作品と他のアーティストの作品がともに描かれたスタジオの壁面の描写は、戦後時代には至る所で目にしました。
そこには、Roy Lichtenstein(ロイ・リキテンスタイン)、Robert Rauschenberg(ロバート・ラウシェンバーグ)といった面々の作品を見出すことができます。

本展に出展された絵画のなかには、これまでニューヨークで披露されたことがなかった作品もありますが、なかでも同じく出展されたピカソによる一対の作品「L'Atelier(1927-28年)」は、これまでアメリカ国内でもペアで展示されたことはありませんでした。

※注釈:他に作品が収録されているアーティスト
Wilhelm Bendz(ヴィルヘルム・ベンツ)、Honoré Daumier(オノレ・ドーミエ)、Thomas Eakins(トマス・エイキンズ)、Lucian Freud(ルシアン・フロイド)、Jean-Léon Gérôme(ジャン=レオン・ジェローム)、William Hogarth(ウィリアム・ホガース)、Louis Moeller(ルイス・モーラー)、Alfred Stevens(アルフレッド・スティーブンス)、James Ensor(ジェームス・アンソール)、Jacek Malczewski(ヤチェク・マルチェフスキ)、Philip Guston(フィリップ・ガストン)、Richard Diebenkorn(リチャード・ディーベンコーン)、Larry Rivers(ラリー・リバー)など。

同じくMoMAで写真部門の5代目チーフキュレーターを務めたガラッシは、本展のうち「Photographs」をキュレーションし、写真の黎明期から20世紀末に及ぶ、50名以上の写真家による150点近くの作品が出展されました。

展示は贅沢な3部構成で、いずれもアーティストのスタジオのイメージにおける隣接した主題です。
ひとつは、スタジオを「ポーズとペルソナ」のための活動の場と捉えて認識したアプローチ。躯体を飾るための人がつくった区画や、Eadweard Muybridge(エドワード・マイブリッジ)、Brassaï(ブラッサイ)、Walker Evans(ウォーカー・エヴァンス)から、Richard Avedon(リチャード・アヴェドン)、Lee Friedlander(リー・フリードランダー)、Cindy Sherman(シンディ・シャーマン)の作品が連ねます。
ここに集められたヌードやポートレイト写真は、それらがセッティングの役割認めている、ないしポーズの思慮深さを引き立たせる、もしくはペルソナの意図的な制定を強調するという点において典型的なものだと言えます。

第2セクションは、「4つのスタジオ」。写真をより徹底したセレクションで構成されており、ブランクーシ、André Kertész(アンドレ・ケルテス)(※パリにあるPiet Mondrian(ピエト・モンドリアン)のスタジオで撮影された)、 Lucas Samaras(ルーカス・サマラス)、Josef Sudek(ヨゼフ・スデック)のスタジオが、全体的に美意識の高い環境としてお目見えします。
これらの写真(モンドリアンのものを含む)はいずれも、スタジオが我が家であると同時に作業場でもあり、ユニークかつアーティスティックなアイデンティティが具現化したものであり、おそらくそれを実現するひとつの手段として、包括的に美的な環境となりました。

最終章となる第3セクションは、「イメージのきまり悪さ」。
John O'Reilly(ジョン・オレイリー)、ラウシェンバーグ、Weegee(ウィージー)や他の写真家が撮影した作品は、蓄積やイメージのディスプレイの場として、スタジオの壁を埋め尽くします。

歴代の巨匠たちが手がけたスタジオの情景を切り取った絵画や写真の作品を通じて、普段や表立って語られることのない制作風景にも目を向ける機会がもたらされます。
作品を舞台としたら、舞台裏での出来事を垣間見ることで、作家や作品により深い興味や理解が芽生えるということは、今後の鑑賞に対する洞察力が高まるでしょうし、また表現者にとっては自身の制作にも一役買うはずです。

 

In the Studio
Gagosian
2 books in slipcase
In the Studio: Paintings: Essay by John Elderfield, and extended plate captions by John Elderfield and Lauren Mahony; 180 pages; Fully illustrated
In the Studio: Photographs: Essay by Peter Galassi; 188 pages; Fully illustrated
254 x 330 mm
English
ISBN: 978-0-714870-26-7
2015

MONOHA

Added on by Yusuke Nakajima.

昨今、よく耳にする「もの派」というキーワード。これは、1960年代末から70年代初頭に顕在化した、当時の日本現代美術の動向に対する呼称です。これまでとりわけ脚光を浴びる機会に恵まれることもなかったのですが、近年日本のみならず世界的にも注目を集めています。

同時代の複数のアーティストがもの派に分類されるものの、彼らは1950年代半ば以降に頭角をあらわした「具体」のように意識的にグループを結成して組織化して活動することも、ましてやもの派を自称したわけでもありません。
あくまで主体的な個々の活動があり、それがゆるやかに連携することで大きな広がりを見せていったのです。

もの派の前の流れにあたる当時の日本現代美術における重要な契機として、1960年代初頭に前衛美術グループ「ハイレッド・センター」のメンバーとして反芸術的なスタンスで活動を展開したことで知られる、高松次郎(1936年東京生まれ)の存在を欠かすことはできません。
高松は、1960年代半ばに「影」にまつわる作品を発表していました。そのなかで概念と実在とがずれるという真実にぶつかることで、視覚によって現実を認識することへの限界を感じ、探究の対象を主体である人間(作家)から外界の物質(素材)へ移行していきます。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, J. Takamatsu - Light and Shadow, 1970/2012, piastra d'acciaio e lampadina 90x36 cm.
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

物事を理知的に考えた高松の思想が大きな動向として結実するまで、そう時間はかかりませんでした。その役目は、奇しくもかつて高松の助手を務めていた関根伸夫(1942年埼玉生まれ)が担うことになりました。
1968年に第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展において関根が初めての野外作品として発表した「位相-大地」こそが、一般的にもの派の実質的な始点と見なされています。同展の前年あたりから熱心に学んだ位相幾何学(トポロジー)により培った考え方をベースにして制作された本作は、会場となる公園の一角に掘られた円柱状の穴と、その隣に積み上げられた円柱状の土とで構成します。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, N. Sekine - Phase of Nothingness – Water, 1969/1995, acciaio smaltato, acqua, h120 cm, diametro 120, cm 30x213x160 cm. N. Sekine, Phase – Mother Earth, 1968, 197x197 cm, foto d'epoca su legno. N. Sekine, Phase of Nothingness – Mother Earth, 1970/2015, marmo bianco 21x120x140 cm. N. Sekine, Phase of Nothingness – Cloth and Stone, 1970/1995 tela dipinta, corda, pietra, 242x227 cm. 
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

痛烈な批判も含めさまざまな意見が飛び交う本作を新たな視点から受け止めたのが、李禹煥(リ・ウーファン、1936年韓国生まれ)です。老荘思想をバックグラウンドに持ち日本へやってきた李は西洋近代的な二元論を疑問視していましたが、本作からプラス・マイナス・ゼロの関係を読み取り、「ものの状態の一時的な変化」と評価しました。
作品制作に打ち込む傍ら、当時の日本現代美術に対する批評活動を展開していた李にとって自身の論理を具現化する関根との邂逅はかけがえのないものでしたが、関根にとってももの派の理論的支柱となる李との巡り合わせは同様に意義深いものでした。

Lee Ufan, Gallery Shinjuko, Tokio 1969.

1968年末から69年にかけて、李・関根をはじめ、「位相-大地」から大きな衝撃を受けた吉田克朗(1943年埼玉生まれ)と小清水漸(1944年愛媛生まれ)、そして成田克彦(1944年旧朝鮮・釜山生まれ)や菅木志雄(1944年盛岡生まれ)が加わった面々は、議論を交わしながら芸術理念を鍛え上げ、各々が己の表現を突き進めていきました。
彼らは近代的な造形原理を否定することから始まり、対象化された形態や人工的な物質ではなく、土・石・木などの自然に存在するものや鉄板・綿といった原型的な物質を扱うことで、あるがままのものを通してストレートに世界を感受しようと試みます。
空間においてコンポジションの一要素となる物質性を念頭におく、哲学的ともいえる共通理念を共有していくのです。

Kishio Suga

このネットワークを「狭義のもの派」とするならば、「広義のもの派」に該当する作家たちの存在も見逃せません。

物質に対して五感を通じた身体性で感応しつつ、制作者の情念のようなものを同化させていく榎倉康二(1942年東京生まれ)。
戦争が遺した暗い記憶のメタファーともいえる枕木を自作し「場」を創作し続けた高山登(1944年東京生まれ)。
故郷・横須賀と関連性の高い日常的な経験や記憶をもとにして見えないものを作品化する原口典之(1946年横須賀生まれ)。
彼らは、出自の異なる「狭義のもの派」とは一定の距離を置いて活動を繰り広げていきました。

前述の三者とは別の方向性に可能性を見出していく者もいました。
最低限の構成要素により自立した空間領域を創成しようと試みた狗巻賢二(1943年大阪生まれ)。
事物が時間の経過とともに変化していくことに着目した野村仁(1945年兵庫生まれ)。
彼らは、非物質的要素へに目を向けている傾向が顕著です。

Noboru Takayama - Underground Zoo - 1969/1995, dalla mostra Asiana, Palazzo Vendramin Calergi, Venezia 1995. Foto di E. Cattaneo.

こうしてみてみると、同時代に同じ美術の領域に身を置いてはいてもそれぞれが異なった経験や刺激を糧にして作品を生み出していったのがわかります。
けれど、当時から約半世紀が経過した現代から俯瞰的に回顧してみると、もれなく「もの派」という大きな潮流のなかにいることが伺えます。

Fondazione Mudima, Milano, Maggio 2015, K. Narita - Sumi, 1969/1987, legno bruciato, 150x350x84 cm.
© Foto di Fabio Mantegna per Fondazione Mudima

参考文献
※本書に収録されている解説や批評文

 


MONOHA
Mudima
437 pages
hardback
226 x 268 mm
2015
ISBN: 978-88-86072-86-1

ISLANDS OF THE BLEST

Added on by Yusuke Nakajima.

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、欧米では非営利の団体が出版活動を展開し、良質な書籍をこの世に送り出す取り組みを見かけることがあります。
POSTで特集した出版社で言えば、言わずと知れた現代写真界では欠かすことのできないaperture(アパチャー)や、出版社との共同開発によりユニークな出版物を手がけるBook Works(ブック・ワークス)などが挙げられます。
規模の大小はあれど、いずれも芸術活動の支援やアーティストへの敬意といった想いがよく顕れた、とても有意義な活動です。

今回は、現代写真に特化して活動を展開するSILAS FINCH(サイラス・フィンチ)について触れながら、1冊の本をご紹介します。

※公式ウェブサイトのトップ画面のスクリーンショット

SILAS FINCHは、2009年にKevin Messina(ケヴィン・メッシーナ)により創設された、ニューヨークを拠点とする非営利の芸術団体。アーティスト・機関・企業クライアントとの協働作業により、意欲的な写真プロジェクトにまつわる制作・出版・プロモーションを展開しています。
印刷や映画を制作するデザインスタジオを構えるなど充実した環境を整えつつ、戦略・クリエイティブディレクション・デザイン・特注の出版プロジェクトに関連する制作サービスなどを提供しています。

本書は、写真家・Bryan Schutmaat(ブライアン・シュトマート、1983年アメリカ・テキサス州生まれ)とライター・Ashlyn Davis(アシュリン・デイヴィス、1986年アメリカ・テキサス州生まれ)との共同編集により制作されました。実は、同じくSILAS FINCHより2013年に出版された、Schutmaatの写真集「Grays the Mountain Sends」の展覧会に向けた準備が発端となったようです。

このシリーズのコンセプトは、アメリカ西部のあらゆる情景を描写した歴史的な写真を収集し展示すること。すべてのイメージはデジタルパブリックアーカイブで、いずれも1870年代から1970年代に撮影されました。約1世紀の歴史を捉えた一連の写真は、撮影した写真家も全くもって無名の者からアメリカを代表する大御所までそれぞれです。

このプロジェクトは、自身のルーツでもあるアメリカ西部の複雑さについて、彼らなりに想いを馳せていることが伺えます。
単にSchutmaatが作品における写真の系譜について考えることになったというだけでなく、Davisにとっても、パブリックアーカイブによって共有された歴史を通じて、これらのランドスケープにまつわる歴史を模索するという意味がありました。
この着想は、結果として彼らに大掛かりなロードトリップの機会をもたらすことになります。連れ立ってテキサス西部からニュー・メキシコ、ユタ、アリゾナを経て、国立公園に立ち寄る。道中ではお互いアメリカ西部に関する書籍を読み更けていたそうですが、それでも彼らとしては、本書を真実の物語としてではなく、むしろ写真を用いた詩として認識してもらうことを願っています。

何より注目すべき点は、構成するうえでのシーケンスでしょう。Schutmaatはよりコンセプチュアルに考えている一方で、当初Davisはもう少し逐語的に考えていたのですが、次第に考えを改め、極めてコンセプチュアルな方向へと軌道修正をすることになります。それぞれの写真からは実にたくさんのことが語られているのを感じながらそれらに耳を傾けていくことにより、結果として特定のストーリーを念頭に置くことはせず、ニュアンスを重視した物語へと仕立てていきました。

まるで瞑想のように展開されていく物語は美的感覚をも兼ね備えており、ひとつのイメージから次のイメージへと移ろいでいくようすに、穏やかな気持ちで目を運ばせていくことができます。

ISLANDS OF THE BLEST
Edited by Bryan Schutmaat and Ashlyn Davis
SILAS FINCH
68 pages
Staple binding with letterpress printed cloth cover
292 x 342 mm
ISBN: 978-1-936063-10-9
2014

Isamu Noguchi / A Sculptor’s World

Added on by Yusuke Nakajima.

多くのひとに支持されるものには、それ相応の理由があります。
アートブックや写真集に関して言えば、単に作品を収録するのではなく、例えば丁寧な編集により作品の世界観が伝わるように演出されている。興味深いテキストを収録している。ブックデザインや印刷・製本にこだわりが見える。などなど。
あらゆる側面からの細やかな計らいの積み重ねが功を奏して、結果として多くのひとに受け容れられ、時代の変化にも負けない名著となるのです。

なるべく広い範囲で息長く流通すればいいのですが、さまざまな事情により、止むを得ず絶版になってしまうことも多々あります。こうして入手困難になると、その作品集と対面できる機会すら奪われてしまうのは惜しいことです。

そこで注目されるのが、絶版本の復刊です。
写真史にその名を刻んだHenri Cartier-Bresson(アンリ・カルティエ=ブレッソン)の「The Decisive Moment(決定的瞬間)」やRobert Frank(ロバート・フランク)の代名詞とも言える「The Americans」の復刊を度々手がけてきたSteidlから、今夏もまたひとつ、素晴らしい名著が再び蘇りました。

本書は、もとは1968年初版(Harper & Row社、現・HarperCollins)の、彫刻家・Isamu Noguchi(イサム・ノグチ、1904年アメリカ・ロサンゼルス生まれ)の自伝です。
Steidlからは2004年に初めての再販として第2版が出版されていたものの、絶版になって久しい状態が続いていましたが、約10年の月日を経て、今回同社より待望の2度目の再販が実現しました。

イサム・ノグチは、20世紀でもっとも影響力のある彫刻家と言われています。
アイリッシュ・アメリカンの教師・編集者である詩人の父・野口米次郎と、作家である母のレオニー・ギルモアとの間に生まれ、日本で育ち13歳のときにアメリカへ留学のために戻りました。
1926年にはグッゲンハイム奨学金の初受給者に選ばれパリに渡り、彫刻家・Constantin Brancusi(コンスタンティン・ブランクーシ)のスタジオアシスタントとして6ヶ月間働きました。
彼は彫刻作品のみならず、ハーマンミラー社の家具や照明をデザインしたり、アメリカの舞踏家/振付師・Martha Graham(マーサ・グレアム)やバレエ振付師・George Balanchine(ジョージ・バランシン)の舞台美術、エストニア系アメリカ人建築家・Louis I. Kahn(ルイス・I・カーン)とのコラボレーションワークなどを手がけてきました。

ニューヨークのロング・アイランド・シティに彼の財団が運営するノグチ美術館があるほか、日本では香川・高松市牟礼町にアトリエを構えていた場所がイサムノグチ庭園美術館になっています。
また、ランドスケープ・デザインのダイナミックな実践の場として札幌のモエレ沼公園の設計を手がけることになったものの、着工後に心不全のため志半ばで他界、図らずも遺作となりました。同園は彼のマスタープランを踏襲し建設が進められ、2005年にグランドオープンしました。

ノグチに世界的な評価をもたらした芸術作品に関するもっとも包括的なステートメントは本書でも健在です。
また、終生の親友であったRichard Buckminster Fuller(リチャード・バックミンスター・フラー)によるオリジナルの序文はもちろん、本書の初版年にあたる1968年から彼が永眠した1988年の間に起こった重要なイベントを加えた新しい年表を収録しています。

テキストと図版で構成される本書は、この独創性の高いアーティストの生涯や作品への関心が高いひとや、一般的に彫刻に興味があるひとにとっては必読の一冊といえるでしょう。

 

参考文献
モエレ沼公園
イサムノグチ庭園美術館
ノグチ美術館(The Noguchi Museum)
 

Isamu Noguchi / A Sculptor’s World
Steidl
262 pages
Clothbound
237 x 255 mm
English
ISBN: 978-3-86930-915-6
07/2015

Ellsworth Kelly / Relief Paintings 1954-2001

Added on by Yusuke Nakajima.

Ellsworth Kelly(エルズワース・ケリー、1923年アメリカ・ニューヨーク生まれ)は、アメリカを代表する画家。
第二次世界大戦後の抽象表現主義のうち、「ハード・エッジ」(平面的な形態と強い色彩を特徴とする面によって、輪郭が際立った絵画の作風を指す)の代表的な作家として知られています。

本書は、2001年にニューヨークの現代美術を扱うMatthew Marks Gallery(マシュー・マークス・ギャラリー)で開催されたケリーの展覧会「Ellsworth Kelly: Relief Paintings 1954-2001」 にあわせて制作されました。
21点のカラー図版とSarah Rich(サラ・リッチ、ペンシルベニア州立大学の美術史准教授)による評論を収録しています。

本展は主に、2001年初頭に完成した6点の大きなレリーフ(浮き彫り技法)のペインティング作品で構成されました。
最初に登場する「Yellow over Black」はその名の通り、長方形の黒いキャンバスのうえに平行の位置関係で正方形の黄色いキャンバスが乗っています。

Yellow over Black

なかでも赤のうえに赤を重ねた「Red over Red」は、78歳の画家がこれまでに制作してきた作品からしても類を見ないほどすばらしい出来です。なんでもケリーがせわしないニューヨークの路上でふたつの建造物の旗が風に揺らめくようすを目にしたことがきっかけで着想したとか。
鮮やかな赤色に塗られた正方形のキャンバスが対角線上に配置された状態で構成されており、下のキャンバスがわずかに上の角と重なり合っています。極めてシンプルな並列ではありますが、鑑賞者は赤の強さとともに、ふたつの赤が同質であることを信じさせるような不可能性にフォーカスを充てます。

Red over Red

当時の最新作とともに、生涯にわたりレリーフの形態に関心を寄せ続けた事実を記録したともとれる、初期の6作品も展示されています。

「Two Yellows」(1954年制作)は、ケリーが6年間生活の拠点としたパリで、ニューヨークに戻る前に制作した最後のペインティングです。

Yellow Relief(Two Yellows)

「Blue Tablet」(1962年制作)は、ユダヤ美術館で開催された影響力の大きな展覧会「Toward a New Abstraction」で出展されたものの、25年もの間アメリカでは展示されることがありませんでした。

Blue Tablet

「White over Dark Blue」「Blue over Yellow」(ともに1968年制作)は本展で初公開となりました。

White over Dark Blue

Blue over Yellow

具象・抽象を問わず、被写体と呼べるものは何も描かれていません。
しかし、完璧にそぎ落とされた色彩だけの表現は、巨大なサイズということも相まって、視覚を通じて私たち鑑賞者に大きな衝撃を与えます。

 

Ellsworth Kelly / Relief Paintings 1954-2001
MATTHEW MARKS GALLERY
43 pages
hardcover with dust jacket
255 x 305 mm
English
ISBN: 1-880146-31-2
2001

Ai Weiwei / Interlacing

Added on by Yusuke Nakajima.

Ai Weiwei (艾未未/アイ・ウェイウェイ、1958年中国・北京生まれ)は、世界的に著名な現代美術作家のひとり。非常に博識で、コンセプチュアルかつ社会批判的なスタンスをとるアーティストであり、衝突を生み出したり真実を形作ることに生涯を捧げています。
建築家・コンセプチュアルアーティスト・彫刻家・写真家・ブロガー・ツイッタラー・インタビューアーティスト・文化批評家としても活動する彼は、時事問題や社会問題におけるセンシティブなオブザーバーであり、日常にアートを、またアートを日常をもたらす偉大なる伝達者ないしネットワーカーとも言えるでしょう。
日本でも作品に触れる機会が多く、2009年に森美術館で開催された個展では46万人を動員し、2013年には映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」が上映されました。

本書は、ウィンタードゥール写真美術館(スイス)からジュ・ド・ポーム国立美術館(パリ)へ巡回した、アイ・ウェイウェイの写真とビデオ作品における初めての大規模な展覧会にあわせて出版されました。

アイ・ウェイウェイはニューヨークを拠点にしていた頃からすでに写真を撮っていましたが、北京へ戻ってからより活発になりました。中国における日常的な都市や社会のリアリティを絶えず記録し、それに分析的観点を織り交ぜながら、ブログやTwitterを通じて議論を交わし、コミュニケーションを図っています。
夥しい数の写真はフィルムに収められた情景から携帯電話のカメラで撮影された現代社会までに及び、彼の記録活動は決して一過性のものではなく、息長く継続していることが伺えます。

アイ・ウェイウェイは意図的に中国や世界の社会情勢に直面していきます。
ラディカルな都市の変容。2008年5月に発生した四川大地震の犠牲状況に関する調査。上海にある彼のスタジオが破壊されたときのことを捉えた記録。彼の芸術写真のプロジェクトとともに、彼の数百数千に及ぶブログの投稿、ブログにアップした写真、携帯電話で撮影した写真(数多くの芸術的な宣言がともに綴られている)といった記録的側面のある作品もあわせて展開されています。
写真という記録媒体を通じて、進歩という名の下に建築学的な皆伐の進行や世界の計測への挑発を浮き彫りにし、一方で「Study of Perspective」(政治的な施設やアイコニックなランドマークなどに向けて中指を立てた左手を突き出す構図の写真群からなるシリーズ。権力(究極的には拒絶)というアーティストとしての視点を物語り、鑑賞者に対していかなる権力層に向けても疑う余地のない服従を挑んでいる)を通じて、彼の個人的なポジショニングを明らかにします。

なかでも、2007年のドクメンタ12で発表されたプロジェクト「Fairytale」は非常に興味深いです。
これまでに海外渡航の経験がない1,001人の中国市民をドクメンタの会場であるカッセルに呼び寄せるという「生きたインスタレーション」。各々の市民を中国国内の大使館近くで単独撮影した写真が並びます。
中国の人口のうち大多数を占める貧民にとって、言うまでもなくパスポートやビザを手に入れて外国へ旅立つことは極めて難しいこと。海外への旅は最早現実的な出来事というよりは「Fairytale(童話)」のようだ、という意味合いが込められています。

写真やビデオを用いた一連のプロジェクトを通じて、アイ・ウェイウェイの多様性や複雑さ、つながりにフォーカスをあて、数百にも及ぶ写真やブログ、解釈上のエッセイなどから、彼の「交絡」や「ネットワーク」をみていくことになるでしょう。

 

Ai Weiwei / Interlacing
Steidl
496 pages
Softcover
170 x 236mm
English
ISBN: 978-3-86930-377-6
05/2011

 

Maharam Stories

Added on by Yusuke Nakajima.

Maharam(マハラム)は、1902年にロシア移民であったLouis Maharam(ルイ・マハラム)によって創業したテキスタイル会社。1940年にはコスチュームやセットのデザインといった劇場関係のテキスタイルを手がけ、60年代には商業的インテリアにおける実力主義的なテキスタイルのパイオニアとしてその地位を確固たるものにしてきました。
厳格かつ総合的なスタンスをもとに第一線で活躍する建築家やインテリアデザイナーとの協働作業を重ねていることでも知られており、プロダクト・グラフィック・デジタルデザインからアートや建築まで、幅広い分野を取り込んでいます。

Maharam Storyは、新たにデザインされた説得力のある視覚的な着地点としてのページをつくりだす必要性に駆られて、2012年に始動しました。
この好機に際して、典型的なプロモーション的戦略を避け、クライアントであるかどうかを問わず、受け手としての読者を楽しませたり、興味深い情報を提供することができるようなオリジナルのエディトリアル・コンテンツのための場として発展させることに尽力しました。

3年の歳月が経ち、Maharamは文化的な分野で活躍するオブザーバーによる多様な断片から20にも及ぶストーリーを蓄積するに至ります。
Hans-Ulrich Obrist(ハンス=ウルリッヒ・オブリスト/キュレーター)、John Maeda(ジョン・マエダ/グラフィックデザイナー)、Murray Moss(マレー・モス/デザインアート事業家)、John Pawson(ジョン・ポーソン/建築家)、Alice Rawsthorn(アリス・ローソーン/デザイン批評家)、Michael Rock(マイケル・ロック/グラフィックデザイナー)、Stefan Sagmeister(ステファン・サグマイスター/グラフィックデザイナー)といった錚々たる顔ぶれが名を連ねていることからもわかるとおり、コンテンツは、この寄稿者たちの好奇心や多様性、そしてMaharam自体の活動の広がりを見事に反映しています。

「もちろん単なるブログとも言い得ますが、わたしたちはこのプロジェクトに賛同してくれた寄稿者たちの選択、わたしたちがその追求のために彼らに対して許容する表現の自由、そして想像や制作に関するクオリティや思慮深さを通じてこれらのストーリーを高めようとしています」と、現CEOのMicheal Maharam(マイケル・マハラム)は言います。

Felix Burrichter(フェリックス・ビュリッヒター/建築雑誌「PIN-UP」編集長兼クリエイティブディレクター)によるお気に入りのフロアに関するシリーズから、アリス・ローソーンによるJosef Hoffmann(ヨーゼフ・ホフマン/建築家)が設計した19世紀のウィーンのチョコレートショップに想いを馳せるシリーズ、またTravis Boyer(トラヴィス・ボイヤー/アーティスト)によるオンラインでセーターを売るディーラーのモヘアのフェティッシュに関する調査といった多種多様なトピックを見る限り、既成の枠にとらわれない自由さは明白です。
彼らのたくましい想像力と500もの語形式は印刷することに適しているうえ、書籍という新たな一歩を踏み出すにはこのうえない素材が揃いました。

この壮大なプロジェクトをまとめ、Mararamにとって4冊目の書籍として出版されたのが本書です。これは、Maharamに長年の友人であるオランダのブックデザイナー・Irma Boom(イルマ・ボーム)との協働作業の機会をもたらしました。
独創的に何事も恐れないようすで、まるでオブジェのような書籍をデザインすることで知られる彼女ですが、今回は厳格さのなかに遊び心がみえるやり方で、それぞれのテキストが見え隠れするように折りたたまれたページを一連として、物質的にMaharam Storiesを構築しました。
まるでテキスタイルをめくる行為を踏襲するかのようにしてページをめくるブックデザインは秀逸です。
イタリアで印刷されたフルカラーのイメージとコバルトブルーの差し色は、探索と発見の感覚を引き起こすためによく考え抜かれて配置されています。

Maharam Stories
Skira Rizzoli
284 pages
Paperback
190 x 240 mm
English
ISBN: 978-0-8478-4517-0
2015

Roni Horn / Hack Wit

Added on by Yusuke Nakajima.

Roni Horn(ロニ・ホーン、1955年ニューヨーク生まれ)は、現在ニューヨークとアイスランド・レイキャビクを拠点とするビジュアル・アーティスト。映像や写真、インスタレーションなど、あらゆる表現方法を駆使して、コンセプチュアルな作品を展開することで知られています。

2015年6~7月にかけて、近・現代美術作品を専門に扱うコマーシャルギャラリーHauser & Wirth(ハウザー&ワース)のうち、ロンドンにあるギャラリースペースでホーンの個展が開催されました。
同展では、独自性が高い彫刻的なドローイングで構成された「Or」とグリッド状になったグワッシュのシーケンスで構成された「Remembered Words」、そして本書に収録されている「Hack Wit」の3つのシリーズを同時に発表しました。

ホーンにとってドローイングとは、多岐にわたる実践を支える、最優先ともいえる活動です。
彼女の作り出す複雑なドローイングは、アイデンティティ、解釈、ミラーリング、テキストを用いた遊びといった、これまでにホーンが突き詰めてきた「繰り返し起こるテーマ」を検証し、この重要な展覧会において融合しています。

「Hack Wit」と銘打ったドローイングシリーズは2013年から2015年のあいだに発展したものです。
2014年に発表されたOrシリーズと類似した点があり、両者とも再構築的な方法論を採用していますが、本作は言語や言葉遊びに基づいているという点に特徴を見出すことができます。フレーズやことわざといった慣用表現を再構成して、予想を裏切るような無意味でごちゃ混ぜの表現を生じさせます。
ホーンが兼ねてより用いるペアリングやミラーリングは、ただフレーズそのものというだけでなく、紙が刻まれているということによってもしっかりと織り込まれています。それゆえ、彼女のプロセスにはドローイングの文脈が見事に反映しているのです。

作品に描かれている言葉は、彼女がイメージしたものだったり表現派的に描いたものだったりするのですが、こうしたやり方を組み合わせたそれらの言葉は、予測できない形で出現します。
ふたつの表現をひとつに融合するという統語的なルールを新たに考案し、似たような破裂音や頭韻の性質をもつ言葉を巧みに用いて表現へと落とし込みます。例えば「desire(ディザイア)」や「desert(デザート)」を用いて、「just desire burning desert」といった具合に言葉を紡ぎだすのです。
すると、鑑賞者はたちまち詩的なイメージや幼少期に遊んだ記憶のある早口言葉を彷彿させることでしょう。

彼女の言葉遊びによって出来上がった、まるで水中に沈んでいるように揺らぎ漂うビジュアルは、彼女の作品の本質が持つ、鑑賞者の関心をぐっと引き寄せる魅力とも不思議とリンクしています。

Roni Horn / Hack Wit
Steidl
104 pages
Four-color process 
Hardback / Clothbound 
28 x 30.5 cm
English
ISBN 978-3-86930-982-8 
2015

herman de vries / to be all ways to be

Added on by Yusuke Nakajima.

隔年で開催されるヴェネツィア・ビエンナーレ美術展。国単位にパビリオンが設けられ、基本的には1国1アーティストが抜擢されます。いわば国家代表として招聘されたアーティストは、渾身の作品をもって臨みます。
本年(2015年)はちょうど開催年にあたりますが、オランダ代表となったのはherman de vries(ヘルマン・デ・フリース、1931年オランダ・アルクマール生まれ)。
彼は前年にはPOSTで個展を開催をしています。

昨今、人間や文化、そして自然との関係性は、徐々にビジュアルアートのなかでも芸術的なリサーチの主題になりつつありますが、それこそ彼が何十年もかけて取り組んできたテーマです。彼は60年以上かけて、アート・科学・哲学が世界、特に自然界の現実性と向き合うというコンセプトをもつ非常に万能な作品群を発展させてきました。作品のテーマは時代において原則的なもので、環境上の問題という点からしても一般市民からより広く注目を集めることは必至です。

本書はビエンナーレでの展覧会とパラレルワールドとしての位置付けになっていますが、その内容としては、デ・フリースとキュレーターのJean-Hubert Martin(ジャン=ユベール・マルタン、1944年フランス・ストラスブール生まれ)との対話をもとに展開してきます。マルタンは、共感覚・模倣(ミメーシス)・職人芸・サウンドと音楽・匂い・自然と環境など、デ・フリースのキーとなるコンセプトに直面し、作品そのものやデ・フリースの考えと、イメージ、テキスト、彼のテキストの至るところからその他の源となるようなものとが織り混ざります。

作品へより密に迫り、繋がりを作り出したり、読者や鑑賞者に対して歴史的・美術史的・哲学的な文脈を提供することで、デ・フリースの世界観を発見したり広げる契機となるでしょう。

herman de vries / to be all ways to be
Valiz
288 Pages
hardback
170 x 240 mm
English
ISBN 978-90-78088-99-8
2015

Martin Kippenberger

Added on by Yusuke Nakajima.

Martin Kippenberger(マーティン・キッペンバーガー、1953年ドイツ・ベルムント生まれ)は、戦後ドイツで最も影響力のある美術作家のひとりです。世界中にコアなファンを抱えながらも、長らく日本ではまとまって作品を展示する機会がありませんでしたが、ようやく2015年1月に、タカ・イシイギャラリーで日本における初めての大規模な個展が開催されました。
破天荒なキッペンバーガーについては、同展のプレスリリースをご覧ください。

本書は、前述した個展の会場風景写真をもとに構成されており、会場の入口から徐々に会場内へと進んでいく動線に沿っていくように展開していきます。
作家がユニークならば、本書の作品に対する視点もユニークに迫ります。会場を俯瞰したかと思いきや作品接近してみたりと、アングルの視点を自由自在に変化させながら多角的に捉えていくと、次第に画角の隅に他の作品が写り込んでいき、前後の写真が緩やかに関連していくのです。

アーティストの作品集というと、作品を正面の位置から捉えたオーソドックスな写真が続くものが多いなか、本書ではまるでインスタレーションが設置された会場内を実際に歩いているような追体験をもたらしながら、各作品のディテールをしっかりとみせるエディトリアルの活きたブックデザインに仕上がっています。

ソフトカバー仕様と手馴染みのいいハンディなサイズ感は、マルチプル作品を重要視し、現に積極的に制作してきたキッペンバーガーの取り組みともどこか重なってくるように思えます。

本書の終盤には、批評家・清水穣氏による書き下ろしテキストが寄せられています。これまで彼の作品集は専ら洋書しかなかったので、日本語で作品の深部に迫ることができる点でも意義深い1冊となっています。

Martin Kippenberger
Taka Ishii Gallery
200 Pages
Softcover
136 x 210 mm
English / Japanese
2015

 

Christien Meindertsma / BOTTOM ASH OBSERVATORY

Added on by Yusuke Nakajima.

オランダのグラフィックデザイナーChristien Meindertsma(クリスティン・メンデルツマ、1980年オランダ・ユトレヒト生まれ)は、デザイナーという立場から、製品と原材料の生涯に着目しています。彼女の手がけた書籍は以前このページでもご紹介したことがあるので、記憶にあるかもしれません。

彼女の新たなプロジェクト「Bottom Ash Observatory」が、百科事典のような書籍にまとまりました。

今回メンデルツマが着目したのは、清掃工場の焼却炉の底から回収されるボトムアッシュ(焼却主灰)。100kgの家庭ゴミや産業廃棄物を焼却した残留物、つまり「廃棄物の廃棄物」で満たされた重さ25kgのバケツを通じて、160ページにわたり興味深いアプローチを展開しています。

巻頭の折込み図版には清掃工場の見取り図で説明された焼却のフローを経て、あらわれたボトムアッシュをふるいにかけ、乾燥させ、レーザー分析し、手作業で何万もの破片に分離して、おびただしい数の素材を抽出し続けます。大きさや素材の種類に応じて分類することで、ボトムアッシュの構成要素がより明確になっていくのです。

このプロセスを経て、最終的に亜鉛・アルミニウム・シルバーなど、もっとも価値のある12個の素材を溶解するに至りました。それを清潔なシリンダーに入れて提示し、ボトムアッシュの豊かさを端的に表しています。
構成要素を分離することで、結果として廃棄物に対して付加価値をつけるという極めて急進的なアプローチを通じて、メンデルツマはこの豊かな都市の鉱石の沈殿物が我々をどこへ導きうるかということを例証しています。

本書の共同著者であるフォトグラファーのMathijs Labadie(マーティス・ラバーディエ)は、このプロセスの全ての段階を事細かに捉えました。望遠鏡的な視点でもってボトムアッシュへレンズを近づけることで、素材の塊が彗星や隕石のように現れます。ふるいにかけられたボトムアッシュが入ったバケツはまるで惑星のような外見を帯び、一方で価値のある素材で満たされたシリンダーさえも、プラネタリウムのような神秘的な気高さを孕んでいます。
メンデルツマとラバーディエが記録したボトムアッシュの解体の精密さは、科学的な正確さを伴いながら、新しく発見された原燃料を描写する18世紀の旅行記へと立ち返ります。

そして、例えば破片のポートレイトの貼込みをめくると断面図が表れるなど、貼込みや折込み図版を効果的に挿入した造本は、読者にも「調査」を彷彿させ、臨場感を演出することでより深い興味を引き出すことに一役買っています。

2015年、我々はもはや新たな素材を見つける旅に出発する必要はなくなりました。今日の我々の挑戦は、身近な資源における新しい使い道を探すこと。本書では、ボトムアッシュという資源における無限大の汎用性を実践しているのです。

Christien Meindertsma / BOTTOM ASH OBSERVATORY
Thomas Eyck
160 Pages
Hardcover
300mm x 420mm
English
Edition of 2,000 copies
ISBN: 9789081865210
2015

Roma Publications at Fondazione Giuliani, Rome

Added on by Yusuke Nakajima.

Roma Publications(ローマ・パブリケーションズ)は、1998年にオランダ・アムステルダムを拠点とし、グラフィックデザイナーのRoger Willems(ロジャー・ウィレムス/1969年生まれ)と、アーティストのMark Manders(マーク・マンダース/1968年)により設立された独立系出版社。彼らの名前の頭2文字"RO"gerと"MA"rkを取って命名されました。
現代美術に特化した出版活動を軸として、自らでデザインワークを手がけたり自身の作品集を出版するばかりでなく、彼らとも関係性の深い、同時代のオランダのクリエイターの作品を発表するプラットフォームとしても根付いています。POSTでも2012年に出版社特集をしました。
余談ですが、Mandersは2013年に開催されたヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展にオランダ代表として参加したり、日本では2015年にギャラリー小柳で個展が開催されたことでご存知かもしれません。

2014年11-12月、イタリアの都市・ローマ(=Rome、出版社名「Roma」と同音異義語)にてRomaの展覧会が開催されました。これまでに出版した本230タイトルほどが一同に並び、彼らの出版活動をみるうえで非常に重要な機会となりました。
本書は本展の会場風景が収録されていることで会場の臨場感が伝わってくるだけでなく、出展されたタイトルのインデックスがリストアップされていて、アーカイブとしても充実した編集となっています。

Romaは普段、展覧会やプロジェクトの集大成として1冊の出版物を制作していますが、本展では一転して、印刷したフォーマットを起点として、書籍・新聞・ポスター・その他の一連の印刷物に、出版社のアイデンティティとも関連性の高いアートワークやインスタレーションが合わせて展示されました。入念に構成された展覧会においてアートと出版物をあわせて展示するという格式張らない方法は、アーティストとのコラボレーションを通じて関係を構築してきたRomaのスタンスを明確にしています。

このハイブリッドなアプローチにおいてもうひとつの興味深い要素として、オリジナルと複製との間、ひいては美術作品の排他性と出版物の民主的な性質との間にある時にきわどい境界線について問いかけているということが挙げられます。
展覧会は、展示スペースに作用しうる拡張したメディアとして「書籍」という形式を提示しています。招聘されたアーティストのなかには、紙と会場、イメージと素材、オリジナルと複製との間にある差異が衰退していくことに対して寄与するひともおり、その多くは書籍や印刷物を自身の制作における中心的なメディアとして起用し、ただ出版物を作品制作の普及のための重要な役割を担うものとしてではなく、あくまで作品の実践として書籍というメディアを選択するということが基礎となっているようです。

Roma Publications at Fondazione Giuliani, Rome
Roma Publications
Paperback
160 x 220 mm
English
ISBN: 9789491843358
2015

Paul Kooiker / Nude Animal Cigar

Added on by Yusuke Nakajima.

Paul Kooiker(ポール・コイカー、1964年オランダ・ロッテルダム生まれ)は、現在アムステルダムを拠点に活躍する写真家で、オランダの現代写真界のなかで最も興味深いコンセプチュアル・フォトグラファーとして知られています。その作品はイメージを写し出した写真で構成されていますが、写真家というよりも彫刻家やインスタレーション・アーティストといったほうがふさわしいでしょう。

そもそもパーフェクトな写真のイメージを作品にしようという関心がなく、個々の写真(それは時に露出しすぎていたり、カメラの動きやざらつきによりぼやけ ていたりする)ではなく、彼が二次的な制作としての写真作品を用いて何ができるか—それに続くセレクションや小細工のプロセスに価値を置いています。何百ものイメージ素材を大量に用いた彼の制作プロセスは、初見だと盛んに「彼は『悪い』写真家だ」とも言われがちです。しかし、彼はヴィジュアル・アーティストとして素材にアプローチし、「コレクション」として3次元のインスタレーションと写真集という形式で制作をしています。

本書は、ハーグ写真美術館で展開されたインスタレーション[Nude Animal Cigar]をまとめたもの。本作を通じて、コイカーはこれまでの20年にわたるキャリアを回顧することになりました。その結果、目の回るほど羅列された構成をとり、ヌードや動物のイメージが、彼がスタジオで吸い続けてきたおびただしい数のタバコを接写したイメージのなかにちりばめられています。

架空のコレクションは、まるでどこかから探してきたようなファンドフォトや、屋根裏部屋に古代のスーツケースが何十年も置き去りにされたかのようにもみえます。その信憑性を保証するために、 コイカーは形式やスタイルに対する内部的な一貫性に対して極めて慎重に注意を払っているのです。これまでの作品シリーズと明確な対照となる本作は、不可解で曖昧なようすで観る者を動揺させます。

オランダ国内外で国際的にも高い評価を得ているコイカーは、自身の出版物の制作を重要視してきました。その最終局面となる本展では、1999年以降手がけてきたアーティストブックのマルチプル・コピーを展示しました。
そのほとんどが、オランダの出版社・Willem van Zoetendaal(ウィレム・ファン・ゾーテンダール)とのパートナーシップのもとで制作されています。

Paul Kooiker / Nude Animal Cigar
Art Paper Editions
336 Pages
Hardcover
170 x 240 mm
English
ISBN: 9789490800284
2014

Anne Geene / No. 235 Encyclopaedia of an Allotment

Added on by Yusuke Nakajima.

INGプライベートバンクによる[the ING New Talent Award]は、オランダの写真やアートの分野で才能のあるクリエイターに授与されるアワード。選出された5名のファイナリストは、オランダの写真家Rineke Dijkstra(リネケ・ダイクストラ、1959年生まれ)の監督のもとに提示されたテーマで写真作品を制作するよう求められ、最終的に勝者はオランダ・アムステルダムで開催される国際的写真フェア・Unseen(アンシーン)で発表されます。

2014年の受賞者は、オランダの写真家Anne Geene(アンネ・ジーネ、1983年生まれ)でした。

「世界は狭くなっている」とは、よく聞く決まり文句ですが、本書では、むしろその反対であることを証明することになるでしょう。
極めて慎重に写真の研究を重ねるジーネは、オランダで最も都市化されたエリアのひとつであるロッテルダムにあるガーデン複合施設[eigen hof]で展開されている市民菜園No.235に着目し、プロジェクトを進めていきました。

面積245㎡ほどの人為的につくられたこのビオトープには、わたしたちの想像を超え、驚くほど豊かな動植物が生息しています。彼女の観察は徹底的に個人的なものではありながらも、ここで繰り広げる動植物の生態(生長し、花を開き、泳ぎ、這い、飛ぶようす)を完璧なまでに視覚的描写しています。どんなものであれ科学的な自負は一切なく、まるで科学者ような精密さや同様の注意をもって細部まで選別し、その有りようを捉えています。

近年、写真の技術を知的に取り入れることは視覚言語において不可欠の要素ですが、彼女の場合、科学的な側面から物事を掘り下げていくだけでなく、モノクロームのネガ、デジタル写真、ソルトプリント、青写真、透明シートフィルム、顕微鏡写真とあらゆる技術を駆使して、写真作品としても強度のある表現へと昇華しています。

グローバリゼーションが叫ばれるこの時代に、単なる市民農園の小宇宙という魅力的な見識を媒介し、宇宙に関する詩的な物語となりました。

Anne Geene / No. 235 Encyclopaedia of an Allotment
de HEF publishers
192 Pages
Softcover
173 x 242 mm
English
ISBN: 978-90-6906-047-7
2014

Maja Hoffmann / This Is The House That Jack Built.

Added on by Yusuke Nakajima.

Maja Hoffmann(マヤ・ホフマン、1956年スイス生まれ)は、現代美術・デザインの熱心なコレクター。ピカソなどの作品をコレクションしていた同名の祖母の血筋をしっかりと引き、慈善活動として現代美術の制作・出版・映像、また社会的・環境的な活動といった文化的プロジェクトへのサポートに勤しんでいます。2004年にはスイス・チューリッヒで非営利組織のLUMA財団を創設し、インディペンデントな現代美術作家や表現者を支援してきました。彼女は自身のコレクションの一部を共有することを肯定的に捉え、「アートやアーティストとともに暮らすことは、ダイナミックで有意義な経験であるということ、言うなれば夢へ向かうための港である」と考えています。

そんな彼女の活動も、よりパブリックな段階へ突入しました。フランス・アルルに設立されたLUMA財団センターは、建築家Frank Gehry(フランク・ゲーリー)が設計を手がけたことで知られています。

写真家のFrançois Halard(フランソワ・ハラード)は、ニューヨーク・パリ・アルルを拠点とし、世界的なファッション誌から報道写真まで、活動の範囲は多岐にわたります。また、アーティストやその創作空間に関しても関心が深く、Cy Twombly(サイ・トゥオンブリ―)・Robert Rauschenberg(ロバート・ラウシェンバーグ)・Julian Schnabel(ジュリアン・シュナベール)らのスタジオを撮影してきた人物でもあります。
本書の制作を通じて、彼はそのセンシティブな写真でもって、現代において世界で最も多作で著名なインテリア・建築写真家のひとりとしての地位を確立したといっても過言ではないでしょう。

そのハラードの写真を踏まえて、アートディレクターのBeda Achermann(ベダ・アハマン)は、流れるようなイメージの詩的なレイアウトを組みました。
ふたりともアートを愛するひとたちということもあり、ホフマンとさまざまな観点から対話を重ねたことが、結果としてこのプロジェクトの完成度を高めることに繋がりました。

アーティストのラインナップだけでもため息がでるような錚々たる面子の逸品が揃い、彼女のコレクションの秀逸さに圧倒されます。とはいえ、ただ演出めいた見せ方をするのではなく、いささか彩度の高いざらつきのある写真によってドラマチックに描写しているため、ページをめくるごとに思わず心がときめきます。
制作のうえで「人間らしい描写」ということが念頭に置かれているようで、それぞれの写真には人々の姿こそ写り込まないものの、その存在を気配で感じることができます。この点からも、彼女がアートと共生することを望んでいることが伺えます。

このプロジェクトを完成へと押し進めるうえで、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれのタイ王国現代美術作家のRirkrit Tiravanija(リクリット・ティラワニ)の存在を欠かすことはできません。イギリスの童謡[This Is The House That Jack Built](「ジャックの建てた家」という意味)をもとにしたタイトルや、写真に混じりながら登場するテキストのフォントは、彼自身が特別にデザインしたもの。わずかに執念深さを感じられつつも程よいユーモアが込められていて、その道すがらにたくさんの発見を示しています。
童謡のテキストが挿入されることにより、あるひとりの人物のコレクションを見せることにより図らずも生じかねない虚栄心の形跡を丁寧に取り除いています。読者に対して解釈や想像の扉を広く開け放ちつつ、進行中の作品やヴィジョンを遺憾なく披露しています。

Maja Hoffmann / This Is The House That Jack Built.
Steidl
Photographs by François Halard, Designed by Studio Achermann
240 Pages
159 Photographs
Softcover in slipcase
245 x 340 mm
English
ISBN 978-3-86930-935-4
2015

Aglaia Konrad / Desert Cities

Added on by Yusuke Nakajima.

Aglaia Konrad(アグライア・コンラッド、1960年オーストリア・ザルツブルク生まれ)は、現在はベルギー・ブリュッセルに拠点を構え、写真に主軸を置くアーティスト。以前はオランダ・マーストリヒトのヤン・ファン・エイク・アカデミーで指導にあたり、現在はブリュッセルで教鞭を執っています。
彼女は主に欧米で個展を開催するほか、ドクメンタX(1997年)を始めとする国際的なグループ展にも参加しており、日本には2010年にトーキョーワンダーサイトでアーティスト・イン・レジデンスで滞在していました。

「大都会の都市空間」というのは、彼女の作品の中核をなすものです。1990年以降には、異なった大陸にある巨大な都市の多様性における、戦後の都市の景観やそこのあらゆる兆候を調査してきました。

1992年にエジプト・カイロでの短い滞在のなかで、彼女は「Desert Cities(砂漠の都市)」の存在を知り、後に長期間に渡るプロジェクトへ発展することになるこの都市の、とてつもないスケールに興味を引きつけられました。そして、社会地理的・政治的な観点から、環境の変化によって引き起こされる多くの疑問に向き合うために「Desert Cities」プロジェクトを立ち上げることになりました。

モノクロ写真とカラー写真を織り交ぜながら、何もない砂地に建造物が立ち並び、道路が敷設され、あたかも砂漠のオアシスのように都市が形成されていく過程を追っていきます。建造物の外観からは、装飾を排したモダニズム 建築の系譜が伺えるのですが、ほとんどひと気のない都市に突如あらわれる建造物はまるでブロックのおもちゃのような佇まいで、浮世離れした色彩も相まって気味な印象を与えます。
外来の模範と土地特有の要素、建造物と遺跡、現代性と伝統。相反するものの狭間で行われる対話にフォーカスを当てていくと、砂漠の都市がいくら変貌を遂げたとしても、結果として世界中にありふれた景観が生まれているという逆説的な現実を突きつけられます。
クラシックな建築写真でもドキュメンタリー・フォトでもないアプローチで、アーティストとして長い年月をかけて何度も現地に赴き、めまぐるしく変化を遂げる都市の姿を目の当たりにした者としての視点が、本書を通じて浮き彫りになることでしょう。

印刷された紙の選出からは、デザイナーのMevis & Van Deursen(メーフィス&ファン・ドゥールセン)によるデザイン的に優れた采配が見て取れます。一面は写真プリントのように光沢があり、多くの読者にとって遠く離れた異国の情景を鮮明に描写しています。そうかと思えば、ページをめくった裏面はザラザラとした紙になっていて、まるで砂漠の砂埃を連想させる。異なった紙質の反復が、砂漠の都市の現状をあらわすための相乗効果を生み出しているのです。

Aglaia Konrad / Desert Cities
JRP|Ringier
236 Pages
Images 83 color / 94 b/w
Softcover
230 x 310 mm

English
ISBN: 978-3-905829-59-4
2008

PRINTED MATTER: The Marzona Collection at the Kunstbibliothek

Added on by Yusuke Nakajima.

Egidio Marzona(エジディオ・マルゾナ)は、特にミニマル/ランド/コンセブチュアル・アートの領域における随一のコレクターとして広く知られています。1960年代以降、持ち前の鑑識眼を頼りに作品を収集し、アート界との繋がりを深めてきました。

2002年以降、彼の壮大なコレクションは[The Marzona Collection]としてベルリン美術館に収蔵されました。欧米のアーティスト約150名によって1960~70年代に制作された600点を超えるアートワークは、現在はthe Nationalgalerie(ナショナルギャラリー)とThe Kupferstichkabinett(プリントとドローイングの美術館)で保存されています。

彼のコレクションのうち、印刷物に関してはKunstbibliothek(アート・ライブラリー)に寄贈されました。
書籍、マルチプル、カタログ、雑誌、リーフレット、インビテーションカード、ポスター、レコード、フィルムやビデオテープ、手稿や手紙、ビデオスチル、展覧会やイベントにまつわる写真など…。約50,000点のアイテムが厳重な管理のもと、現在もこの施設内に保存されています。

印刷物となったアートワーク、特にアーティスト自らがデザインした展覧会ポスターやインビテーションカードは、あくまでアートの周縁的ポジションのアイテムとして扱われてきました。高いクオリティで仕上げられているのにも拘らず、これまで(ほんの一部の例外を除いて)アートとして展示されることはありませんでした。
本書では、印刷物のコンセプト、形や素材における差異や多様性に着目し、本来の魅力に迫っています。

氏が言うことには、「アーカイブは、アートワークそのものに近い、あるいは同等に重要なものである。わたしは、それを何かとても生き生きしたものとして捉えている。『素材』という観点が、わたしの心を頻繁に占拠するので、それで完全に満たそうとする。そこで分類や整理をする。そうしてようやく、アーカイブはただのルール、インフォメーション、分類のシステムなどではなく、実質性や美を備えたものであるということを悟るのだ。」

本書では、ミニマル・アート、アルテ・ポーヴェラ、ランド・アート、コンセプチュアル・アートとジャンルに応じた章の編成のもと、独英のバイリンガルテキストとコレクションの図版とを織り交ぜて紹介しています。アーティストにまつわる印刷物を類型立てて検証していくことで、アートピースに引けを取らない重要なアイテムとしてみる視点を養えそうです。

PRINTED MATTER: The Marzona Collection at the Kunstbibliothek
Berlin : Kunstbibliothek Staatliche Museen zu Berlin
178 Pages
Softcover
190 x 240 mm
German / English
ISBN: 3-88609-521-5
2005

Francisca Mattéoli / Escales autour du Monde

Added on by Yusuke Nakajima.

言わずと知れたファッション・メゾン、Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)。
1854年にトランクメーカーとして創業し、先行く時代を見据えた画期的な素材選びや高いクオリティを誇るものづくりによって信頼を集め、その名を世界に馳せていきました。

創始者の孫にあたる3代目のGaston Louis-Vuitton(ガストン・ルイ・ヴィトン)は、さまざまな分野に造詣が深く、また生涯にわたり旅人であったと言われています。
少年時代から博識なコレクターだったガストンは、数多くのトランク、また書籍や印刷物といった旅にまつわる古い品々を骨董商や競売で入手しました。なかでも特にホテルの利用客のトランクに貼られるホテルのラベルステッカーの収集はその数3,000点を超え、圧倒的なコレクションであったことが伺えます。
本書は、ガストンが個人的にコレクションしていたラベルを多数収録しています。

20世紀前半といえば、まだ旅が限られた富裕層のための特別なものでした。「ホテルのプロモーションを狙ってゲストの荷物に貼り付けられたラベルは、その持ち主の旅がいかに素晴らしいものであったかという証になる」というエピソートは、非常に興味深いものです。色とりどりのグラフィックワークは時代感がよくあらわれており、一世紀を経た現在のわたしたちからみても魅力的に映ります。

世界的に著名なホテルから日本の老舗ホテルまでと豪華なラインナップのなかに、知っているホテルを見つけるとつい嬉しくなる。
ラベルから今まで訪れたことのない場所を想像し、まるでそこへ訪れたかのような気持ちになる。
そうやって、読者にも旅の高揚感をもたらします。

重厚感のある焦げ茶のハードカバーで綴じられた本は、ホテルロゴで構成されるコラージュを配した厚みのある小口が目を引きます。
コンセプトをブックデザインへと丁寧に落としこみ、完成度の高い1冊となりました。

参考文献
http://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/articles/gaston-louis-vuitton-collector

Francisca Mattéoli / Escales autour du Monde
Éditions Xavier Barral
512 pages
Hardcover, full-format
165 × 240 mm
ISBN : 978-236511-012-9
2012